「今回はこれまで書いた短編を全部収録する予定だったのですが、2編だけ、カープが出てくる話は熱量が他と違い過ぎると思い、見送りました(笑い)。各話のテーマがまだらに似ていたりするので、話の並べ方もあえて初出順にしました。
私は書かないと考えられないタイプで、あの時見た虫や犬の話を書こうとか、一つ一つは具体的な経験を書くことが多いです。すると、あれ、犬の話を書いていたのに、夫の実家を訪れるという自分のそのときの体験まで出てきた、みたいなことになるんです」
離婚の報告をしに里帰りした主人公に、村人が〈シンジンは、心持ちぞ〉としきりに勧める「うらぎゅう」なる謎の単語や、別名〈シビトバナ〉の薬効に関する義祖母の昔語り(「彼岸花」)など、本書には多くの言い伝えも登場。それらも、氏は日常の隣に書き置き、その真偽はともかく、実際にあったこととして、日常と同列に扱う。
「彼岸花がお乳にいいとか、母乳を目薬にする話は祖母に聞いた気もするし、先日ある人からは『そういう話は壺井栄も書いていたと思う』とも言われたんです。それなら私も本で読んだかもしれないし、どこかで見聞きした話が記憶違いも含めて自分の一部になることも、私にとってはリアルなんです」
例えば第9話「名犬」だ。例年盆と正月は双方の実家で過ごす夫婦が、この夏は〈私〉が体調を崩したためせめて秋休みは夫の実家で三泊し、渓谷沿いの温泉に両親を誘おうと計画。が、農家を営む義父母は〈収穫せんならん〉と言い張り、やむなく夫と〈さるなし温泉〉を訪れた私は、先客の老女たちの話を聞くともなく聞いていた。