解剖用の白衣を着用したA教授と助手たちは小さな遺体を前にして、まずは合掌し、遺体に被せられた布を取った。

「鉄道事故の遺体の状態はさまざまです。損傷が激しく顔などの身体的特徴がわからない場合、DNA鑑定が行われます。遺体が珠生ちゃんであることはお母さんが確認されたということなので、顔はきれいな状態だったのでしょう」(元検視官)

 A教授もまず注目したのは、遺体の出血が少なかったことだ。生きている人間が列車に轢かれれば大量に出血するが、死んだ人間は心臓が止まって体温が低下し、体が死後硬直するため、列車に轢かれても血はほとんど出ない。

「遺体は死後、線路上に遺棄されたに違いない」との疑いを強めたA教授は遺体の首まわりの傷をひとつひとつ丁寧に調べ始めた。すると、わずかに首を絞めた痕跡が見つかった。

 改めて遺体の顔をよく調べると、うっすらと赤みがかかってうっ血している。これは首を絞められて窒息死したしるしに他ならない。

 さらに検分を進めると、遺体の口元に押さえつけられたような跡を発見。遺体の頭部にメスを入れて、頭蓋骨の底部を確認した。

 人間は首を絞められると、頭蓋骨に達する頸動脈の血流が分断されて、白い頭蓋骨にうっ血の痕跡が残る。その痕跡を確認したA教授は、「女児は絞殺された」と確信した。

 続いてA教授は、遺体の胃に残された内容物を調べ、昼食として食べた給食の残り具合から、珠生ちゃんは遅くとも午後8時までに亡くなり、遺棄されたと結論づけた。すなわち、午後3時15分に下校途中で友人と別れた後、あまり時間をおかずに殺害されたと推定できたのだ。

 A教授とスタッフは「遺体との会話」を通じて、女児の死因と死亡時間を突き止め、犯人の死因の隠蔽の意図を打ち砕いた。鉄道事故の遺体の司法解剖が簡単ではないことは、想像に難くない。

「早朝に始まった司法解剖が終わったのは、正午頃でした。一刻を争う中で集中して作業を進めても、5時間ぐらいかかったそうです。解剖の途中経過を含めてA教授のチームからの報告を受け、殺人事件の捜査のための捜査本部が設置されたのは夕方4時30分頃のことでした」(前出・捜査関係者)

 すべての確認事項を終えると、A教授は遺体を丁寧に縫い合わせてから、最後にもう一度、助手とともに手を合わせた。

 司法解剖についてA教授に話を聞くと、「私たちは事件についてはお話をできません」と話すのみだった。

◆「他殺の証拠を隠すことはできません」

 法医学は「遺体との会話」を通じてその死因を突き止めることで、「死者の人権」を守ると上野さんは指摘する。

関連記事

トピックス

全国でクマによる被害が相次いでいる(AFLO/時事通信フォト)
「“穴持たず”を見つけたら、ためらわずに撃て」猟師の間で言われている「冬眠しない熊」との対峙方法《戦前の日本で発生した恐怖のヒグマ事件》
NEWSポストセブン
韓国のガールズグループ「AFTERSCHOOL」の元メンバーで女優のNANA(Instagramより)
《ほっそりボディに浮き出た「腹筋」に再注目》韓国アイドル・NANA、自宅に侵入した強盗犯の男を“返り討ち”に…男が病院に搬送  
NEWSポストセブン
ラオスに到着された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月17日、撮影/横田紋子)
《初の外国公式訪問》愛子さま、母・雅子さまの“定番”デザインでラオスに到着 ペールブルーのセットアップに白の縁取りでメリハリのある上品な装い
NEWSポストセブン
ドジャース入団時、真美子さんのために“結んだ特別な契約”
《スイートルームで愛娘と…》なぜ真美子さんは夫人会メンバーと一緒に観戦しないの? 大谷翔平がドジャース入団時に結んでいた“特別な契約”
NEWSポストセブン
山上徹也被告の公判に妹が出廷
「お兄ちゃんが守ってやる」山上徹也被告が“信頼する妹”に送っていたメールの内容…兄妹間で共有していた“家庭への怒り”【妹は今日出廷】
NEWSポストセブン
靖国神社の春と秋の例大祭、8月15日の終戦の日にはほぼ欠かさず参拝してきた高市早苗・首相(時事通信フォト)
高市早苗・首相「靖国神社電撃参拝プラン」が浮上、“Xデー”は安倍元首相が12年前の在任中に参拝した12月26日か 外交的にも政治日程上も制約が少なくなるタイミング
週刊ポスト
相撲協会の公式カレンダー
《大相撲「番付崩壊時代のカレンダー」はつらいよ》2025年は1月に引退の照ノ富士が4月まで連続登場の“困った事態”に 来年は大の里・豊昇龍の2横綱体制で安泰か 表紙や売り場の置き位置にも変化が
NEWSポストセブン
三重県を訪問された天皇皇后両陛下(2025年11月8日、撮影/JMPA)
《季節感あふれるアレンジ術》雅子さまの“秋の装い”、トレンドと歴史が組み合わさったブラウンコーデがすごい理由「スカーフ1枚で見違えるスタイル」【専門家が解説】
NEWSポストセブン
俳優の仲代達矢さん
【追悼】仲代達矢さんが明かしていた“最大のライバル”の存在 「人の10倍努力」して演劇に人生を捧げた名優の肉声
週刊ポスト
10月16日午前、40代の女性歌手が何者かに襲われた。”黒づくめ”の格好をした犯人は現在も逃走を続けている
《ポスターに謎の“バツ印”》「『キャー』と悲鳴が…」「現場にドバッと血のあと」ライブハウス開店待ちの女性シンガーを “黒づくめの男”が襲撃 状況証拠が示唆する犯行の計画性
NEWSポストセブン
全国でクマによる被害が相次いでいる(右の写真はサンプルです)
「熊に喰い尽くされ、骨がむき出しに」「大声をあげても襲ってくる」ベテラン猟師をも襲うクマの“驚くべき高知能”《昭和・平成“人食い熊”事件から学ぶクマ対策》
NEWSポストセブン
オールスターゲーム前のレッドカーペットに大谷翔平とともに登場。夫・翔平の横で際立つ特注ドレス(2025年7月15日)。写真=AP/アフロ
大谷真美子さん、米国生活2年目で洗練されたファッションセンス 眉毛サロン通いも? 高級ブランドの特注ドレスからファストファッションのジャケットまで着こなし【スタイリストが分析】
週刊ポスト