ぼくの母は重い心臓病だった。日本で心臓の手術が始まって間もないころ、東京女子医大の榊原仟教授(当時)に手術をしてもらった。日本の心臓外科をつくった人ともいわれている。山崎豊子原作のドラマ『白い巨塔』で主役を務めた田宮二郎は、役作りのために榊原教授の手術を何度も見学したという。
「勉強するな」と言った父はタクシーの運転手をしていた。母の手術をしてもらって約10年後、偶然、榊原教授を客として乗せた。
「妻は先生に命を助けていただきました」と言うと、教授は母のことをよく覚えていた。そのうえ、「小さな男の子がいましたね」と聞いたという。ぼくのことだ。
そのころ、ぼくは東京医科歯科大学の医学部に通っていた。父はそのことを伝えた。すると教授は名刺を出して、こう言った。
「息子さんが困ったら、いつでも来るように言ってください」
その名刺をぼくは父から渡された。結局、一度も榊原教授を訪ねたことはなかったが、しばらくの間、その名刺はぼくのお守りになっていた。困ったことがあったら、この人のところに行こう、そう思えるところがあるだけで、どんな障壁にも負けないで生きていけるような気がしたのだ。まったくもって、脱帽である。