ライフ

春風亭一之輔が紹介 ほどよい距離感の落語コミックエッセイ

ゆるーい落語案内コミックエッセイ『お多福こいこい』

【書評】『お多福来い来い てんてんの落語案内』/細川貂々/小学館/1296円

【評者】春風亭一之輔(落語家)

 ここ数年、落語ブームのせいか初心者向けの落語入門書が年に何冊も出版されている。

 が、だいたい力が入りまくっている。「落語って凄いんだよっ! 今、聴かなきゃダメ!」とやたらに押し付けがましくて、初心者には情報量が多過ぎ。入門書だけでお腹いっぱいになってしまう。気軽に手に取った初心者はドン引きだろう。

 落語家が言うのもなんだけど、落語ってそんなに「凄く」ない。いや、凄い落語家の落語は凄い。そうでもない落語家の落語はそれなりだ。誰でも聴けばすぐに大笑いで楽しめる…というものではない。かといって理屈や情報で固めて頭でっかちでのぞまなくても、日本語が分かればなんとなく分かる、それが落語。

 落語とは『足湯』のようなもの。温泉ほどかまえることなく、お金もさほどかからない。なんとなく、つかってみようかな…と気軽に足を突っ込んで、出たくなったらすぐ上がっちゃえばいい。心と身体がホカホカしたようなしないような…。効いてるような効いてないような。効いてなくても、文句を言うほどでない。でもハマると癖になる。と言っても「あー、いい塩梅…」くらいの効能。それが、落語。

 本書は落語との、ほどよい距離感で書かれたゆるーい落語案内。著者は自称『ネガティブ思考クイーン』。冒頭、ふとしたきっかけで落語を聴きに行く。演目は「弱法師(よろぼし)」。とても初心者向けの落語ではない。著者は言う。「わからない」。わかったような気持ちにならないのがいい。実に素直。著者はそこで思う。「落語って私が思ってたのとちがうのかも…」と。でもこの落語をきっかけに「落語と接していってみようかな」とも思いはじめる。ホッとした。でも出会いってこんなものだ。

 ページをめくると、著者自身が聴いた、思い入れのある演目を紹介するかたちで話は進む。うんちくや小難しい情報は入れず、自身の率直な感想を交えて、同じ立場の初心者にはとても分かりやすいだろう。

 落語好きのツレ(夫)に「面白いから聴いてみろ」と『替わり目』という落語を聴かされ、著者は「こんなのダメ!」と怒り心頭。『替わり目』は名人・古今亭志ん生の十八番だ。「亭主関白の酔っ払い」噺を、「時代に合わない、全然笑えないっ!」と素直に腹を立てる著者。凝り固まった落語好きには言えないセリフだ。落語家からすると耳が痛い。そうだ、こういう新鮮な意見が欲しいのだ。落語はドンドン変わっていってよいのだから。勉強になります!

 落語には聖人君子は出てこない。どうしようもないダメ人間ばかり。そいつらが頭ごなしに否定されるわけでなく、「まぁ、その辺でてきとうにやってなよ」と和気あいあいそれなりに生きている。日々に疲れたらこんな世界を覗いてみてはいかがでしょう。まずこの本を手に取って、『足湯感覚』でちゃぽん。もし肌にあわねば無理せずに。それが、落語ですから。

※女性セブン2018年8月2日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《女優・遠野なぎこのマンションで遺体発見》近隣住民は「強烈な消毒液の匂いが漂ってきた」「ポストが郵便物でパンパンで」…関係者は「本人と連絡が取れていない」
NEWSポストセブン
盟友である鈴木容疑者(左・時事通信)への想いを語ったマツコ
《オンカジ賭博で逮捕のフジ・鈴木容疑者》「善貴は本当の大バカ者よ」マツコ・デラックスが語った“盟友への想い”「借金返済できたと思ってた…」
NEWSポストセブン
フリー転身を発表した遠野なぎこ(本人instagramより)
「救急車と消防車、警官が来ていた…」遠野なぎこ、SNSが更新ストップでファンが心配「ポストが郵便物でパンパンに」自宅マンションで起きていた“異変”
NEWSポストセブン
モンゴルを訪問される予定の雅子さま(撮影/JMPA)
雅子さま、「灼熱のモンゴル8日間」断行のご覚悟 主治医とともに18年ぶりの雪辱、現地では角界のヒーローたちがお出迎えか 
女性セブン
米田
《チューハイ2本を万引きで逮捕された球界“レジェンド”が独占告白》「スリルがあったね」「棚に返せなかった…」米田哲也氏が明かした当日の心境
週刊ポスト
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(左/Xより)
「『逃げも隠れもしない』と話しています」地元・伊東市で動揺広がる“学歴詐称疑惑” 田久保真紀市長は支援者に“謝罪行脚”か《問い合わせ200件超で市役所パンク》
NEWSポストセブン
佐々木希と渡部建
《六本木ヒルズ・多目的トイレ5年後の現在》佐々木希が覚悟の不倫振り返り…“復活”目前の渡部建が世間を震撼させた“現場”の動線
NEWSポストセブン
東川千愛礼(ちあら・19)さんの知人らからあがる悲しみの声。安藤陸人容疑者(20)の動機はまだわからないままだ
「『20歳になったらまた会おうね』って約束したのに…」“活発で愛される女性”だった東川千愛礼さんの“変わらぬ人物像”と安藤陸人容疑者の「異変」《豊田市19歳女性殺害》
NEWSポストセブン
児童盗撮で逮捕された森山勇二容疑者(左)と小瀬村史也容疑者(右)
《児童盗撮で逮捕された教師グループ》虚飾の仮面に隠された素顔「両親は教師の真面目な一家」「主犯格は大地主の名家に婿養子」
女性セブン
組織が割れかねない“内紛”の火種(八角理事長)
《白鵬が去って「一強体制」と思いきや…》八角理事長にまさかの落選危機 定年延長案に相撲協会内で反発広がり、理事長選で“クーデター”も
週刊ポスト
たつき諒著『私が見た未来 完全版』と角氏
《7月5日大災害説に気象庁もデマ認定》太陽フレア最大化、ポピ族の隕石予言まで…オカルト研究家が強調する“その日”の冷静な過ごし方「ぜひ、予言が外れる選択肢を残してほしい」
NEWSポストセブン
大阪・関西万博で、あられもない姿をする女性インフルエンサーが現れた(Xより)
《万博会場で赤い下着で迷惑行為か》「セクシーポーズのカンガルー、発見っ」女性インフルエンサーの行為が世界中に発信 協会は「投稿を認識していない」
NEWSポストセブン