ちょうど1年前の8月20日。大阪桐蔭の新チームは始動した。前日の甲子園3回戦で、9回裏2死まで仙台育英(宮城)を追い詰めながら、一塁の中川卓也(当時2年生)がベースを踏み損ね、それが呼び水となってサヨナラ負けを喫した。
同級生の満場一致で主将に任命された中川は、「100%の確認」をテーマに掲げ、時に厳しく仲間を叱責してきた。西谷浩一監督も「違う言い方があるのでは」と窘(たしな)めたこともある。
「ミスして落ち込んだり、やる気をなくした選手には、『外に出ろ!』と練習から外しました。嫌われ役に徹することが、主将力につながると思っていました」
◆「このチームは一度死んだ」
中学から世代を代表する選手だったドラフト上位候補、遊撃手兼投手の根尾昂と外野手・藤原恭大もチームを牽引。昨秋の神宮大会で創成館(長崎)に敗れて以来、無敗街道を歩んできた。西谷監督は言う。
「根尾は時間を見つけては練習していますし、ストレッチにも長い時間をかける。授業中も寝ているという話を他の先生から聞いたことがない。藤原はよく寝ているようですが(笑)。根尾と接しているとどちらが大人なのか分からなくなる」
そしてこの夏、北大阪大会の準決勝で、宿敵・履正社と対戦。先発した根尾が後半に追いつかれ、逆転を許してしまう。