「元に戻しておけばいいだけですよ。戻した後の謄本は申請に必要ないから。印鑑証明とか住民票は、3か月とか使える期限があるから、新宿区か足立区か、本来の戸籍がある港区に戻す前の謄本を持って申請に行けばいい。3か月以内なら、港区の謄本はいらないんでね。申請すれば引換券を渡してくれるから、それを持って引き換えに行けばいい」
斯くして、パスポートセンター発行の本物のパスポートが手に入ることになる。
「パスポートというのは、申請して発行されれば過去歴は消え、いつも新しいパスポート番号になるんですよ」
ここが運転免許証との違いであるという。言われてみれば確かにそうだ。
「運転免許証のほうがよっぽど偽造は難しい。なぜなら発行年月日が免許証番号として載っている。免許証は失効して新しいのをもらっても、番号はずっと一緒なんです。取り消し処分になって新たに取らない限り、番号は変わらない。運転免許証を偽造した人が、免許証を身分証明に使っても、運転しないのはそこなんですよ」
他にもパスポートを取得する方法はあるのか?
「養子に入る方法だね。人に断らなくても、勝手に養子にはなれる。自分も、何回も名前を変えてますから。
例えば、○○さんの戸籍謄本をあげられれば、養子縁組届の養子のとこに自分の名前を、保証人が保証人欄に署名して出せば、その日から自分は○○。その謄本を持ってパスポートセンターに行けば、○○姓のパスポートが取れちゃう。前の名前のパスポートを持っていようが問題なく取れます。1週間後に戸籍を離れ、元の姓に戻っても○○姓のパスポートは持っていられる。旧姓のパスポートは法律的に問題ないからね。するとパスポートが2枚持てる」
ふっふっふと幹部は楽しそうな声を上げて笑った。
昔は年齢が合うホームレスを誰かの養子にして、その養子になりすまし、パスポートを申請する手口が流行ったという。
「それで渡航している分には絶対バレない。戻ってきてもバレない」
このようななりすましができるのは、日本人が日本を出入国する際に、指紋認証がないためだと幹部は力説する。
「指紋認証されちゃうと名前を変えても、『お前は何々だな』って出ちゃうんでね。といっても犯罪歴がなければ、普通にパスポートを取っていれば、名前を変えていようと全然関係ない。犯罪歴がなければ、その指紋に対応しないからね」
地面師詐欺で養子の手口を使った場合、そのままではバレると思うが?
「バレないようにするには、分籍ですよ」
そのままの戸籍謄本だと、○○の息子になったので、本籍地は○○の本籍地になるが、謄本には養子として載っている。だが違う区に移転して、戸籍を分籍してしまえば、自分だけの戸籍謄本になる。過去歴が載った謄本を取らない限り、養子とは表記されないのだ。
「渡航さえしなけりゃ、使った後で燃やして捨てればいい。簡単っちゃあ簡単ですよ。詐欺師の中には、どこの他府県の出張所が“柔らかい”とか、知っているやつがけっこういるんでね。都会の区役所なんて、1日にどれくらいの人がくるかわからないから、絶対に覚えていない。同姓同名も多いんでね。誰も不思議に思わないんですよ」
きちんとした身分証明書を持っていれば、最初からそれが危ないと疑う人は少ない。法律の穴や人の心理の隙間をつけば、詐欺も偽造もやり方はいくらでもあるということだろう。