ライブ終盤のヒットメドレーで、『原宿キッス』のイントロが流れる。舞台上のトシちゃんはファンにマイクを向け、おどけながら耳に手を当てる。36年前、親衛隊が声を揃えて送っていた「大好き惚れたぜ 田原俊彦 なんでもなんでもナンバーワン」というコールを求めたのだ。
そのフレーズが聞こえてくると、彼は指でOKサインを出し、歌い始めた。舞台の右に左に軽快にステップを踏み出しながら歌っていく姿に、客席のボルテージはさらに増していく。サビの最後、中央に戻った田原はいつものように左足を折り曲げた──。
だが、立ち上がれなかった。今ツアーで全て成功させていた一連の動作は、この日初めて失敗に終わった。観客も沸くに沸けない。大歓声が起こるはずの見せ場は、悲鳴とバンドの演奏音が鳴り響いていた。彼は悔しそうに膝を曲げて、手を床に付けて腰を上げた。
次の瞬間、会場は息を呑んだ。田原俊彦はもう一度開脚を敢行し、スッと立ち上がったのだ。
予想だにしない行動に、観客は時が止まったかのように静まり返った。拍手を送る余裕もないほど、心を奪われていた。
体勢を立て直した田原が歌い始めると、ファンは一緒に歌詞を口ずさみ始めた。一生懸命歌って踊るトシちゃんを助けなきゃいけない──。本人もファンも、本能で動いていた。
失敗しても挑戦していく田原の姿に、私は魂を感じずにはいられなかった。ああ、この人は芸能界の荒波をこうやって泳いできたのか……。世間がいくら勝手なイメージや切り取った言葉で翻弄しようとも、田原俊彦は「負けてたまるか!」という気持ちで立ち向かってきた。
57歳という年齢を考えれば、立てないのが当たり前。最初から振付を省略しても、誰も文句は言わない。敢えて困難に挑戦する。失敗したら雪辱する。この姿勢に、“田原俊彦完全復活”を見た。