美空の父親の友人が経営する「坂東会館」は、東京・墨田区のスカイツリーのすぐそばにある。地下には厨房を備え、お清めの席では〈仕出しに頼らず、でき立ての温かいお料理〉が提供される。遺族が宿泊することもできる、アットホームな葬儀場だ。
実は美空には、〈ちょっとした能力〉がある。〈他人の感情が煩わしいくらいに伝わってきたり、その場に残っている思念を感じてしまったりする〉。〈一般的に霊感と呼ばれるもの〉があるのだが、美空にとってそれは、〈ないほうがいい〉力で、口外することもほとんどない。
美空の夢に、幼くして亡くなった姉が出てくると、不思議なことが起こる。姉の死について、家族はくわしく語ろうとしないが、美空の不思議な力は姉の死とかかわりがあるらしい。
そんな美空が、就職活動を中断してアルバイトを再開した「坂東会館」で、〈「僕には色々見えるんだよ」〉と話す僧侶の里見や、当然のように彼を認める漆原に出会い、それをきっかけに彼女は変わっていく。
「私自身には霊感や特別な力はないので実感したことはないんですけど、これまで、周りには何人も『ある』という人がいて。葬儀場で働いていたときも、誰も触っていないのに急に電気や音楽がついたり消えたりした、みたいな話はよく聞きましたし。ありえない、とは思わず、そういうことがあってもおかしくないな、というぐらいの気持ちでしょうか」
◆生きている限り前に進まないと
出産を間近に控えていた妊婦や、幼い少女、まだ若い女性など、亡くなった本人にも、残された側にも思いが残る、つらい別れが小説には描かれている。宙づりにされた声にならない死者の声を聞き取るのは美空や里見だ。日ごろは寡黙な漆原が、彼らを通して汲み取った思いを遺族に伝え、ぶじ、彼らを旅立たせることができる。