「彼らの宣言は当時としては新しかったし、携帯もSNSもない時代に吃音者が連帯していく上で、大きな意味があったとは思う。ただ僕の経験から言うと、やっぱり治したいんですよ。いくら多様性が叫ばれようと、店員さんに今、この注文を伝えたいのが当事者で、僕もテリヤキと言えなくてチーズバーガーで我慢したりしてた。その点、羽佐田さんは治す派、菊池さんは受容派と、吃音者同士でも意見が分かれるんです」
◆大事なのは物事を慎重に見る姿勢
高橋に無報酬での再診を申し出た羽佐田氏自身、警官時代に吃音で躓き、〈殉職〉すれば苦しみが解決するのではとすらよぎった。やがて言語聴覚士に転じ、〈流暢性形成法〉をベースに独自の発話法を開発した彼や、訪問歯科医の傍ら吃音者の就労支援団体を立ち上げた竹内俊充氏、〈障害者枠〉での再就職を選んだ技師など、考え方はそれぞれに違う。
「本書では〈隔膜バンド〉とか、昭和期に多数登場した怪しげな治療法の話にも触れましたけど、ご自身の経験を元に独自の訓練法を編み出した羽佐田さん同様、そこには自分の成功体験を広く役立ててほしいという良心もあったと僕は思う。
それほど吃音というのは症状も悩みも人それぞれで、正解がないんですね。僕もごく親しい友人にしか相談できなかったし、家族にも悩みを打ち明けられない人は多い。そのわからなさを少しでもわかってほしくて、僕は本書を書いたんです」
初著書『遊牧夫婦』でも彼は旅先で出会った人々の姿を複眼的に綴り、結論を急ぐことを嫌うかに映った。
「僕にとって吃音は人生を変えるほどの悩みだったけど、人にはそう見えなかったように、そう簡単にはわからないのが人間だからこそ、物事を慎重に見る姿勢を大事にしたいんです。そしてこの理解されない苦しみは吃音者に限らず、誰もが共通に抱えていることに、僕自身、これを書いて初めて気づいたのです」