〈ざらざらの地表の上につるつるを実現する〉〈高架化とは裏側の出現である〉等、適宜、的確な補助線を引き、門外漢の理解を助けてくれる著者の移動手段は、専ら電車と徒歩だ。すると目に映るのは高架の裏側であり、町の景色と一体化したそれは、もはや表ですらあった。例えば電柱と民家の向こうに八王子ジャンクションを望む1枚は、何が欠けてもそこではなくなるのである。
「つまりその景色を面白いと言って肯定している僕は、それを造った人を信頼しているんですよね。最近はプロの仕事に素人がケチをつけ、技術者や教師や政治家を誰も信用しないけど、都市というのは互いを信頼し、役割を託すことで運営されてもいて、景観問題は信頼の問題なのかもしれない。
本書には日本橋の断面図を載せましたが、上から順に首都高、日本橋、日本橋川、地下には銀座線と、各時代のインフラが見事なレイヤーを成す〈土木のミルフィーユ〉となっています。これを、景観を口実に否定し、政治利用するのは、そこに連なる歴史に対する冒涜だと僕は思います」
自身、船橋市の準工業地帯で育ち、工場と商業地と住宅とが隣接する景色を、原風景としてきたという。
「雑多で何でもありの日本的風景ですね。よく里山礼讃派に誤解されて引用される国木田独歩『武蔵野』も、あれは独歩が友達と遠出した先で見た、都市と自然が緩衝ゼロで衝突する風景を描いているんです。あらまほしき東京の原風景でも何でもない。それがいかにクールかを友達と語りあい、『今後は亀井戸も武蔵野と呼ぼう』と盛り上がった独歩はつまり、僕の先輩なんです(笑い)」
2007年の『工場萌え』以降、ヤバ景という言葉を発明し、インフラの世界が文化的に語られるための土壌を作ってきた。その次の段階に進むために、感性と理性の両方に訴える本作は編まれたのだ。
【プロフィール】おおやま・けん/1972年所沢生まれ、船橋育ち。千葉大学工学部卒業後、松下電器産業に入社。その傍ら写真家、ライターとして活動し、2007年に独立。著書・共著に『工場萌え』『ジャンクション』『団地さん』『ショッピングモールから考える』『真上から見た狭くて素敵な部屋カタログ』等。現在は川崎大師近くの「パン工場をリノベした物件」に住み、「僕の興味の対象は増える一方で、ときめくものが多すぎて断捨離なんて全然できない(笑い)」。165cm、55kg。
構成■橋本紀子 撮影■三島正
※週刊ポスト2019年4月12日号