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西城秀樹さん一周忌、妻は「ようやく曲を聴けるように」

葬儀で挨拶する美紀さん。子供たちは毅然としていた

 振り返ると、2001年に結婚した西城さんの家庭生活は、ほぼ闘病生活だった。2001年に脳梗塞を発症し、回復するものの2003年に再発し、長い闘病生活に入った。すでに2児の母だった美紀さんは、子育てをしながら懸命に西城さんを支えた。そして2011年にも脳梗塞を発症。一命を取り留めたものの、右半身に麻痺が残った。

「幼い子供たちは、他の家のお父さんと自分のお父さんの様子が異なることに戸惑った時期もありましたが、キャッチボールをする代わりに、お風呂で息子さんが秀樹さんの背中を流すなど、親子の絆を深めました。いちばん上の娘さんも、秀樹さんのリハビリに一緒になって取り組んで、一家で秀樹さんをサポートしていました」(木本家の知人)

 今では長女は高校二年生、長男は高校一年生、次男は中学三年生に成長した。子供たちは西城さんが亡くなってから悲嘆に暮れたが、今では前を向いて生活している。半年前、本誌のインタビューで美紀さんは子供たちの様子をこう語った。

《いちばんのパパっ子だった長女は友達の支えもあって、明るさを取り戻しています。長男は秀樹さんが応援してくれたサッカーの道を邁進しています。次男は、なんと秀樹さんのお墓のデザインを考えているんです》

 それから半年、納骨の時の様子を美紀さんはこう話す。

「昨年作った息子たちの喪服の裾がすっかり短くなってしまい、もうそんなに大きくなったのかと…知らぬうちに時が過ぎたことを思い知りました。いつもパパの話ばかりする甘えん坊の長女も、納骨の時は落ち着いて手を合わせてくれました」

 子供たちは毎日、“パパが天国から見守ってくれているから”と、自宅の遺影に声を掛けて祈っているという。

◆ようやく曲を聴けるようになった

 この一年、生前、西城さんと深い交友を続けてきた人たちにも大きな変化があった。

 昨年9月、樹木希林さん(享年75)が亡くなった。2人の出会いは西城さんが10代、樹木さんが30代で、まだ悠木千帆と名乗っていた頃だった。人気ドラマ『寺内貫太郎一家』(TBS系)シリーズで共演し、そこからプライベートでのつきあいも始まった。西城さんはかつて雑誌のインタビューでこう語っている。

《希林さんは若いころから本当にお世話になり、ご自宅にもお邪魔したこともあります。そして演技のことはもちろん、いろいろなことを教わりました》

 西城さんのことを樹木さんも、「まっすぐでキラキラして透き通った目が大好き」と公言してはばからなかった。

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