「大物とか大御所って言われるのは、あまりピンと来ません。いつの間にか八十歳が過ぎたということですから何も変わってないですね。運動会の番組とかも結構な歳になってから一生懸命にやりました。ちょっとバカにされることが好きなんです」
石井均にたまたま声をかけられてスタートした役者人生も、六十年を越えた。
「やめようと思ったことはないです。やめたら何もできないです。結局、何もできないから就職試験も落ちたんでしょうから。これしかなくなっていました。ですから、仕事が来る間はやらせてもらおうと思っています。
若い頃、元旦の新聞に『今年のホープ』という欄があって、そこに佐良直美さんや川口晶さんと一緒に私が載っていました。市川崑監督が『名前は知らないが、てんぷくトリオの一番若くて痩せてる人。セリフと動きのタイミングが良い。期待する』って。あの、世界の市川崑さんが見てるんだって驚きました。以来、誰が見てるか分からないと思って、絶対に仕事をバカにしたり手を抜いたりはしないように心がけています。
ただ、舞台では今でも挫折感が酷いことがありますよ。
名古屋で公演をやった時のことなんですが、初日に大爆笑したところで次の日から楽日まで一人も笑わなくなった時があるんです。こんなに落ち込んだことはないです。同じことをやっているのに。怖いです。もうゾクっとするほど怖いですね。でも、その怖さがなくなっちゃったら、もうこの仕事やらないんじゃないですかね」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。
■撮影:藤岡雅樹
※週刊ポスト2019年6月7日号