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「海外で身の危険を感じたら米大使館に駆け込め」の理由

 ネットなどでは「海外でトラブルにあったらアメリカ大使館に駆け込め」という書き込みを見ることがある。また、ある企業では海外赴任する社員の危機管理研修で、有事の際は日本大使館ではなくアメリカ大使館へという話がされていると聞いたこともある。

 ちょうど30年前の天安門事件の際、日本大使館は邦人退避のため何十台ものバスを用意し、ホテルや空港へ日本人を移送した。当然、移送ルートには安全な道が選ばれていたはずだが、北京の大学に留学していた友人を乗せたバスは、銃撃が飛び交っている天安門広場をゆっくりと通り抜けたという。警護もなく無防備なバスの中で、彼は日本大使館の危機管理の甘さを痛感し、生きた心地がしなかったと帰国後に話してくれた。

「あの時は死ぬかと思った。それが最短ルートだったのかもしれないが、あの危険なルートを通るなんて、日本大使館が信じられなかった」

 友人の話を聞いていただけに、やはりそうなのかと思った。

「間違っても日本大使館に駆け込んではいけません。彼らは何もできない。襲われても銃すら持っていない彼らは、あなたどころか自分たちすら守れない」

 米軍中佐はそう念を押した。

「アメリカ大使館は海兵隊が守っています。彼らは武装している。いざとなれば躊躇なく撃ちます」

 アメリカの在外公館は武装した海兵隊が警備している。

 この時、中佐と会った場所は港区にある米軍施設のニューサンノーホテル。このホテルは米軍関係者専用ホテルで、入るには関係者の招待か引率が必要になる。治外法権が発生するホテルの前にあるセキュリティーゲートでは、武装した軍人がガードしている。そこでパスポートか運転免許証を提示し、それをコンピューターでチェックした後でなければ中には入れてくれない。

 敵性外国人に間違われるかもしれないから言動には気をつけるよう忠告を受け、降り立ったモスクワでは、クレムリンの傍にある老舗のホテルメトロポールに滞在し、スタンダードの部屋を取っていた。翌日、予定していた会合に出席し、ロシア政府関係者やジャーナリストらと名刺交換。会合後に開かれたパーティーでも多くのロシア人と歓談した。

 ホテルに戻ると、フロントが張り付けたような微笑みを浮かべながら、チェックインした部屋とは違う部屋のキーを差しだした。

「失礼ながら、お部屋をグレードアップさせていただきました。お値段は変わりませんので、滞在中はどうぞこちらでおくつろぎください。お荷物もすでに運んでございます」

 通された部屋はクレムリンが見えるスイートルーム。おそらく盗聴器だらけの部屋だっただろうが、快適に過ごさせてもらった。敵性外国人とはみなされなかったが、もしそうみなされたらと思うとロシアほど恐ろしい国もない。その後、ロシア側とは友好関係を保っている。

 今では中佐の忠告を受け、どこの国にいようと有事の時や身の危険を感じた時は、逃げ込む先はアメリカ大使館と決めている。

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