ところがである。定期テストの廃止から1年も経たないというのに、生徒から「定期テスト復活」の声。実は昨年総会後に、「私は定期テストのほうがいいのに…」と、西郷校長に不平を言いに来た生徒がいた。反対意見があるのなら、それをその場で主張すべきだったと生徒に西郷校長は説いた。声を上げないと同意したとみなされることは、社会に出ても同じ。それを学んでほしいからだ。
ただし、昨年と違って今年の生徒総会では、発案者以外からは意見は上がらず、議論にならないまま持ち越しとなった。「今年はまるでしゃんしゃん総会」と西郷校長は残念そうだ。
だが、全校生徒で決めたことに真っ向から反対する意見をステージ上で述べるだけでも、相当な勇気と行動力があるといえる。全校生徒を敵に回す可能性もあり、ほかの学校なら「生意気だ」と言われかねないだろう。
ここ桜丘中学校の生徒総会の重みは、他校のそれと異なる。実際、総会で決まったことが、学校を大きく変えてきた歴史がある。
2013年の総会では、「この日だけは私服で学校に登校する」という「カジュアル・デー」を生徒会が提案し、議決された。これがひとつのきっかけとなって、桜丘中学校では、普段でも私服での登校が許されるようになった。この試みは広がり、2019年春より世田谷区内の中学校すべてで「カジュアル・デー」を設けている。
西郷校長が期待しているのは、生徒自身の手で、学校をよりよくしていくこと。おかしいと思ったら、意見を口に出す。反対意見が出たら、正々堂々と意見を闘わせる。西郷校長が校則のない学校を作ったのは、「自分でものを考え、行動する習慣」をここで身につけ、社会で実践できる人間になってほしいからだ。
「先日、卒業生が来てこんな話をしてくれました。彼はいま現役の高校生ですが、その高校におかしな校則が多数あって、それを変えたい思っているのだそうです。桜丘中学校では、生徒の提案に対し、“じゃあ具体的にどうするといいと思う?”と教員から返ってきた。でもその高校では、“気持ちはわかるよ。でも現実的には難しいの、わかるよね?”と、結局は教員が否定するそうです。でも彼は、“いつか中学校の先生になって、今度は自分が、生徒の希望を叶えるサポートをしたい”と話していました。うれしかったですね。彼は自分なりの“世界を変える方法”を見つけたわけですから」(西郷校長)
定期テストか小テストか、桜丘中学校の試行錯誤は続く。が、それは生徒らが“自分たちでものを考えている”という証拠でもあるのだ。
◆西郷孝彦(さいごう・たかひこ):
1954年横浜生まれ。上智大学理工学部を卒業後、1979年より都立の養護学校(現:特別支援学校)をはじめ、大田区や品川区、世田谷区で数学と理科の教員、教頭を歴任。2010年、世田谷区立桜丘中学校長に就任し、生徒の発達特性に応じたインクルーシブ教育を取り入れ、校則や定期テスト等の廃止、個性を伸ばす教育を推進している。11月11日に著書『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』が発売予定。
撮影/浅野剛