「子供の頃から医者嫌いで、注射一本、採血一本だけでも恐怖を感じるタチなんです。そんな私が、初期とはいえ大腸がんだとわかった時、どれほどつらい治療になるのかと暗澹たる思いがしました。でも、がんの切除手術を受けたのに、ほとんど痛みを感じないまま、今は職場にも復帰。子育てしながら普通に暮らせるまでになりました」
そう話すのは横浜市(神奈川)の会社員、飯野典子さん(48才・仮名)。まさか重病を患った人とは思えないほど、声は弾んでいた。
世界的に見ても、最新の知見にもとづくと痛みを効率的に除去したうえで行う治療がスタンダードになりつつある。モルヒネをはじめとした医療用麻薬などを適正に使用することで、患者の負担を軽減しつつ、効率的に治療を進めていくことがグローバルスタンダードなのだ。しかし、日本における医療用麻薬消費量はアメリカの約6%、同じアジアの韓国と比べても約4分の1とはるかに少ない。世界を見渡すと、ダントツといっていいほど“痛みをがまんしている国民”だといえる。
だが、その現実は少しずつ変わり始めている。実際、女性セブン10月31日号では「眠っている間に終わる大腸がん検査」をはじめとした「痛くない検診検査」を多数紹介しており、「痛みを想像して足が遠のいていた大腸がん検診に、夫婦で5年ぶりに行くことにしました」(40代主婦)など、大きな反響が集まっている。今回は、冒頭の飯野さんが受けた大腸がんの手術をはじめ、がん治療や虫歯などこれまで「つらい」「苦しい」の代名詞だった病気の「痛くない治療」を取材した。
◆“第4の治療”の免疫療法
まず、今や2人に1人がかかる“国民病”ともいえるがん。近親者の壮絶な最期を看取った経験談などが流布することにより、「がんは痛みに耐え抜いた末に絶命する恐ろしい病」だと考える人は今も少なくない。
だが、現在ではそれが大きく変わってきている。
国立がん研究センターのがん予防・検診研究センター長を歴任した、東京ミッドタウンクリニックの医師、森山紀之さんが解説する。
「これまで、がんが見つかれば外科手術で取るのが一般的でした。簡単なうえに、再発リスクも下げられると考えられてきたからです。たとえば、直腸がんであれば、肛門括約筋も一緒に切除し、人工肛門を設置することが多かった。しかし、今は括約筋を温存し、排便の機能を残す『低侵襲』の手術を選択できる場合もあります」
医療における「侵襲」とは、治療に必要なことではあるものの、注射針を刺す、メスを入れるなど、体を傷つけたり、負担をかけたりする行為全般のことをいう。「低侵襲手術」は最新技術や機器を駆使して、なるべく切除する範囲を狭め、傷を浅くする傾向にある。
医療に詳しいジャーナリストの村上和巳さんも「がんは手術の進歩が大きい」と声をそろえる。
「胃や大腸のステージIの早期がんなら、内視鏡で内部を確認し、そのまま輪っか状のワイヤーや専用の小型ナイフを内視鏡の端から出して摘出することができます。ほとんど体を傷つけずに切除できるため、術後も含め痛みはほとんどありません」