話の途中で目線が動くのは、目から入る視覚情報を少なくし、自分の頭の中に集中して、思い出したり考えたりするためである。「NLP」という神経言語プログラミングでは、そうした目線の動きから、その人がその時に何を感じ、何を思い出しているのかなどが推測できるという。
例えば、見たことのある映像や作り出した視覚イメージを思い出そうとすると、目は上を向きやすい。右下に視線が向くのは感情や感覚を思い出している時で、左下は心の中での対話を通して物事を考えている状態という。音声イメージを思い出す時は、視線が左右に向きやすいと言われる。
羽生選手は「ネイサン選手の幻想と戦っていた」と発言した時、右下に視線を落とした。その時の感情が蘇ってきたのだろう。加えて鼻にシワを寄せる仕草を見せたことで、その感情が反感や嫌悪感だったことが見て取れる。だが、すぐに左下に視線を向けたことで、「ネイサンに勝たなければ」「誰にも負けないぞ」と自分自身に言い聞かせていたことがわかる。
NHK杯終了後のインタビューでは、「朝の練習は不安しかなかった」と右上に視線を向けた。「ただひたすらケガをしたくない」「試合とはまた違った緊張感があった」と右上を見ていた。昨年のグランプリシリーズのロシア大会では、前日に練習で右足首を負傷し、GPファイナルを欠場した羽生選手。その時の映像やイメージが思い出される度に、不安が顔を覗かせたのだろう。
しかし、2017、2018年とネイサン選手が連覇したGPファイナルを「もう一度奪還して」「ずっとあそこに君臨したい」と真上を見て意気込むと、羽生選手は「どんな相手がどんな演技をしても、勝てるという自信を持った状態で演技をしたい」とまっすぐに前を見据えた。
「記憶」よりも「記録」に残りたいと語る羽生選手は、「勝つことに意味がある」「しっかり記録に残してなんぼ」と、GPファイナル優勝に向けて真上に目線を向けた。彼の頭の中に見えていたのは、他を圧倒する完璧な滑りで優勝した自分の姿にちがいない。