堺に育った三吉は幼くして将棋に夢中になり、我流でメキメキと腕を上げて、二十歳の頃には賭け将棋の世界で無敵となったが、東京から武者修行に来た二歳年上のプロ棋士・関根金次郎に惨敗する。この二人の出会いと因縁を、志の春は双方の関係者の証言と回想シーン、そして地の語りを巧みに織り交ぜて描いていく。志の春は普段は東京言葉だが、実は大阪出身。なので三吉やその周辺の人々の関西弁が実に自然だ。
10年後の再戦でも関根に敗れ、プロになる決意をする三吉。ここまでが前編で、後半では「銀が泣いている」の名台詞で知られる大正2年の関根八段との東京での対局が描かれ、この名勝負を経て三吉は改めて、宿敵の関根が自分にとっての「心の師」であることに気づく。
やがて十三世名人位を巡って三吉を襲う悲劇。晩年、関根の死を知った三吉の独白が胸を打つ。志の春は、関根の後を追うように亡くなった三吉の、没後の名誉回復について地で語った後、二人の出会いに隠された心温まるエピソードを描き、感動の余韻を残した。この見事な構成は、師匠の志の輔が良い手本となっている。掛け値なしの名作と言っていい。二ツ目になって今年で10年目、いつ真打になってもおかしくない。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2020年1月17・24日号