千玄室は、こんなことも言う。
「ちゃぶ台を家族みんなで囲み、ぜいたくではなくとも母親が作ったおかずを分け合って、その日にあった事柄などを子らが口々に話しながら頂いていた風景はどこかに消えてしまった」
大正生まれで私の両親と同世代の千玄室はこれを何か古き良き家庭像だと思っているようだ。ちゃぶ台の登場は早くて明治中期、広がったのは昭和初期である。それまでは箱膳が普通であった。食器の入った箱の蓋を裏返すと各人の膳になる。通常は一汁一菜。食事が終わっても食器は洗わない。湯をかけて箸でさらって飲む。それを箱にしまって終わり。
私と同年の知人は名古屋郊外の農村で育ったが、昭和四十年の高校卒業まで箱膳の食事だった。
食事の時は「その日にあった事柄などを子らが口々に話し」たりしない。それはちゃぶ台や洋風のテーブルが出現してからの風習である。そもそも食事中は会話をしない。今でも禅寺ではそうだ。
伝統も古典も分からない保守派は何を保守しようというのだろう。
●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。近著に本連載をまとめた『日本衆愚社会』(小学館新書)。
※週刊ポスト2020年1月31日号