【受賞者の言葉】
「あなたに『書く』という世界を経験して欲しい」
一昨年の春、初対面の私に声を掛けてくれたのは、一人のベテラン作家だった。その勧めがなければ、私がこの作品を執筆することはなかっただろう。自分の表現の場はあくまでも映像の世界だと思ってきたからだ。
思いがけず訪れた、初めてのノンフィクション執筆の機会。選んだ題材は、2年前に自主制作したドキュメンタリー映画『Life 生きてゆく』のストーリーだった。映画では表現しなかった部分として、今回は、カメラを回す私自身と福島の津波被災遺族との関係性を軸に書き進めていった。出会いから、その後の長期にわたる関わりの日々を、ありのままに執筆した。
当時暮らしていた名古屋と福島を往復しながら、時間経過と共に信頼関係も深まり、カメラに向かって話してくれる内容はより深く、重く変化していく。大切な人を亡くした遺族が、その死にどう向き合い、目を背け、絶望から希望を見出していくのか。それは人間の安易な想像を超えた奇跡の連続だった。
当事者の細かな心情を執筆する際は、手元に残る映像が大きな手がかりとなった。2011年から現在に至るまでに、私が記録した映像は400時間を超える。実際にはその数十倍の時間を、私はカメラを回すことなく福島の家族と共に過ごしてきた。遺族の深い胸の内に耳を傾け、物語を紡いできた過程を知って欲しいと思い書き上げた。いまは私のことを受け入れ続けてくれる福島の家族に、誰よりも感謝したいと思う。
【プロフィール】かさいちあき/1974年山梨県生まれ。ドキュメンタリー監督。静岡放送、中京テレビに勤務の後、2015年フリーに。ドキュメンタリー映画『Life 生きてゆく』(2017年)で、第5回山本美香記念国際ジャーナリスト賞受賞。
※週刊ポスト2020年1月31日号