それは故郷に失望したくない東京っ子の希望であり、都会にかろうじて残された物心両面の隙間でもあった。自身、本書でも何度か片手袋の定義を書き換えており、〈片手袋とは我々が町で出会う片方だけの手袋のことではなく、恐らく人類が手袋を装着し始めてから延々と繰り返してきた「落ちたり、踏まれたり、轢かれたり、拾われたり、捨てられたり、なくなったりと変化し続ける運動」のことなのではないか〉、はたまた〈片手袋=人間の生活や都市の変化、およびそれらの記憶や予兆〉など、より観念的になっていくのが面白い。

「若くして『落語とは業の肯定である』と言った(立川)談志師匠が後々、『落語は江戸の風である』と言い出すように、経験を重ねるほど答えが抽象化していくんです。

 ただそれもやってみなければわからなかったこと。よく『そこまで熱中できるものがあっていいですね』という人がいますが、人生を豊かにしよう、とか考えて研究に取り組んでるわけではないんです。むしろ目的や見返りを求めないのがよかったんだろうし、無駄なものなんてこの世に何一つないというのが、現段階での結論なんです」

 もしこれが小学生の自由研究だったら、さぞ先生に褒められることだろう。

「あ、それはよく言われます。自由研究が永遠に終わらない大人です(笑い)」

 いや、むしろ誰に褒められずとも大真面目になれるから、大人は楽しいのだ。

【プロフィール】いしい・こうじ/1980年東京生まれ。玉川大学文学部芸術学科卒。都内の飲食店主だが、「本業と関係ない自分をもう1人持つ方が僕の場合はバランスがいいんです」。2004年、携帯電話で記念すべき1枚目(容量は4KB)を撮って以来、片手袋研究家として活動。2013年に神戸ビエンナーレ「アートインコンテナ国際展」に入選し、奨励賞を受賞。年始には『マツコの知らない世界』で宇多田ヒカルが「片手袋」について言及し、本書にも注目が集まる。178cm、70kg、A型。

◆構成/橋本紀子 撮影/田中麻以

※週刊ポスト2020年1月31日号

片手袋研究入門 小さな落としものから読み解く都市と人

関連キーワード

関連記事

トピックス

佳子さまを撮影した動画がXで話題になっている(時事通信フォト)
《佳子さまどアップ動画が話題》「『まぶしい』とか『神々しい』という印象」撮影者が振り返る “お声がけの衝撃”「手を伸ばせば届く距離」
NEWSポストセブン
個別指導塾「スクールIE」の元教室長・石田親一容疑者(公式サイトより※現在は削除済み)
《15歳女子生徒にわいせつ》「普段から仲いいからやっちゃった」「エスカレートした」“やる気スイッチ”塾講師・石田親一容疑者が母親にしていた“トンデモ言い訳”
NEWSポストセブン
9月6日に悠仁さまの「成年式」が執り行われた(時事通信フォト)
【なぜこの写真が…!?】悠仁さま「成年式」めぐりフジテレビの解禁前写真“フライング放送”事件 スタッフの伝達ミスか 宮内庁とフジは「回答は控える」とコメント
週刊ポスト
交際が報じられた赤西仁と広瀬アリス
《赤西仁と広瀬アリスの海外デートを目撃》黒木メイサと5年間暮らした「ハワイ」で過ごす2人の“本気度”
NEWSポストセブン
世界選手権東京大会を観戦される佳子さまと悠仁さま(2025年9月16日、写真/時事通信フォト)
《世界陸上観戦でもご着用》佳子さま、お気に入りの水玉ワンピースの着回し術 青ジャケットとの合わせも定番
NEWSポストセブン
秋場所
「こんなことは初めてです…」秋場所の西花道に「溜席の着物美人」が登場! 薄手の着物になった理由は厳しい暑さと本人が明かす「汗が止まりませんでした」
NEWSポストセブン
『徹子の部屋』に月そ出演した藤井風(右・Xより)
《急接近》黒柳徹子が歌手・藤井風を招待した“行きつけ高級イタリアン”「40年交際したフランス人ピアニストとの共通点」
NEWSポストセブン
和紙で作られたイヤリングをお召しに(2025年9月14日、撮影/JMPA)
《スカートは9万9000円》佳子さま、セットアップをバラした見事な“着回しコーデ” 2日連続で2000円台の地元産イヤリングもお召しに 
NEWSポストセブン
高校時代の青木被告(集合写真)
《長野立てこもり4人殺害事件初公判》「部屋に盗聴器が仕掛けられ、いつでも悪口が聞こえてくる……」被告が語っていた事件前の“妄想”と父親の“悔恨”
NEWSポストセブン
世界的アスリートを狙った強盗事件が相次いでいる(時事通信フォト)
《イチロー氏も自宅侵入被害、弓子夫人が危機一髪》妻の真美子さんを強盗から守りたい…「自宅で撮った写真」に見える大谷翔平の“徹底的な”SNS危機管理と自宅警備体制
NEWSポストセブン
鳥取県を訪問された佳子さま(2025年9月13日、撮影/JMPA)
佳子さま、鳥取県ご訪問でピンクコーデをご披露 2000円の「七宝焼イヤリング」からうかがえる“お気持ち”
NEWSポストセブン
ウクライナ出身の女性イリーナ・ザルツカさん(23)がナイフで切りつけられて亡くなった(Instagramより)
《監視カメラが捉えた残忍な犯行》「刺された後、手で顔を覆い倒れた」戦火から逃れたウクライナ女性(23)米・無差別刺殺事件、トランプ大統領は「死刑以外の選択肢はない」
NEWSポストセブン