「そもそも順番がおかしいと思うのです。過去の日本政府の行いを検証し、その上で謝罪するのが先で、その反省に基づいて先住民族政策を策定し、法律も作るべきではないですか。すでにオーストラリアやニュージーランドでは、先住民族に対する過去の抑圧的な政策を首相自らが謝罪しています」
正直に言えば、取材の最初から「これは難航しそうだ」と感じていた。この取材は一筋縄ではいかない問題をはらんでいる。田澤さんたちの主張は過大な要求なのだろうか。それとも和人である私が支配者の論理を振りかざしているだけなのだろうか。私には容易に答えを出すことができなかった。
田澤さんは稚咲内の出身で、父親からは「日本人になれ」と言われて育ったそうだ。差別から身を守るためだという。高校卒業とともに札幌に出たが、「今も集落の住民の8割は樺太アイヌではないか」と話す。私が稚咲内で「樺太アイヌはみんな出て行った」と聞かされた話を伝えると、田澤さんはこうつぶやいた。
「初めての人に、本当のことを言うわけがないですよ」
札幌の大学を出て、北海道で記者として暮らしたことがあるだけに、私はこの島のことをよくわかったつもりでいた。だが、田澤さんの言葉に自分が知らない北海道があるように思えてならなかった。
(後編に続く)
【プロフィール】
◆竹中明洋(たけなかあきひろ)/1973年生まれ。北海道大学卒業、東京大学大学院中退、ロシア・サンクトペテルブルク大学留学。在ウズベキスタン日本大使館専門調査員、NHK記者、週刊文春記者などを経てフリーランスに。著書に『殺しの柳川 日韓戦後秘史』(小学館)など。
※女性セブン2020年2月20日号