「つまり娘のことも含めて今起きていることは全部、自分の過ちが招いたと彼は考えるのですが、因果関係なんて作り出したら幾らでも作れちゃうんですよ。
もちろんそれで納得できるならいい。般若心経にも〈生き往け、生き往け〉とある通り、どんな形であれ死ぬまで生き切るのが一番ですから。ただ、本書にも何人かその手の善人が出てきますが、自分は正しいと信じて疑わない人ほど実は怖かったりするし、これは善、こっちは悪と、何事もパッと分けて叩いて終わりにされがちな昨今、黒の中身に目を凝らすと、意外にも鮮やかな色が隠れている可能性もあると思います」
それこそ第三章の章題に〈正しいものと邪悪なものは背中合わせで存在する〉とあるが、本書に登場する一見善に映る悪や悪に見える善にしても、表層からは何一つ窺い知れない事実は、怖い反面、希望でもあると。
「だから人は想像し、思いやることもできるわけで、何かを恐れる畏怖の感情が、人間の歯止めになってくれているのも確か。今は暗闇も湿気も失われる一方ですが、訳の分からない怖いものはあった方がいいんです」
始点と結末の驚くべき落差、そして読み手の暗部すら炙り出す映し鏡効果に慄くこと必至の、黒の包容力を思わせる再生の物語だ。
【プロフィール】うさみ・まこと/1957年愛媛県生まれ。2006年「るんびにの子供」で第1回『幽』怪談文学賞短編部門大賞を受賞し、翌年同作収録単行本でデビュー。2017年『愚者の毒』で第70回日本推理作家協会賞、2019年『展望塔のラプンツェル』で『本の雑誌』が選ぶ2019年度ベストワン。著書は他に『入らずの森』『骨を弔う』『いきぢごく』等。松山市在住。「妻、母、祖母、娘、会社員等々、私自身、いろんな顔や立場があることが創作にも役立っています」。161cm、A型。
構成■橋本紀子 撮影■国府田利光
※週刊ポスト2020年2月21日号