◆母はダブルワークで、オーディションのために自分は派遣
誰にでもチャンスはあるし、夢や目標を持つのは自由だ。とはいえ石井さんは39歳、普通を強いるつもりはないが、多くの人は仕事に家庭にと懸命な歳であることは確かだ。会社なら役職についているかもしれないし、マイホームで子どもと遊んでいるかもしれない、少なくとも私の幼少期の39歳男性といえばまさしく“おじさん”然としていた。
だが、そこにいるのは色白でぷくぷくと太った39歳の頭髪さみしい男の子、子供おじさんだった。言い過ぎと怒られるかもしれないが、それ以外の表現手段が私には見つからない。見た目はそれなりに年齢を重ねているのだが、話すと世間知らずな幼さを残しているのが伝わり、ちぐはぐなのだ。もし実家で子供の頃から同じ部屋に住み続けているなら立派な子供部屋おじさんだが、たぶんそうだろう。それでも桁違いの金持ちならまた、個々の家庭の事情でしかない。が、「裕福な家なんですね」と聞くと、そうではないという。
「お母さんは清掃と介護の仕事ですげー元気。お母さんはおしゃべりで面白いからどこでも人気者なんだ」
これを聞いて心で泣いた。私は彼にインタビューするという仕事がつらくなったが、女性担当者は石井さんの保護者の話に「お母さんパワフルだもんねー」とフランクな合いの手を入れていた。プロだ。
断片的に彼が話す情報によれば、清掃は病院の清掃で、介護は訪問介護のようだった。母親のダブルワークで生活には困ってないようだが裕福には程遠い。それにしても母が働いたお金で学校、しかもアラフォーおじさんの学費。息子がかわいいならそれも親の自由だが。
「俺もバイトはしてるよ。あちこちのイベント会場作ったり整理したり」
高校を出てアニメ専門学校のノベルコースなるものに通ったそうだが中退、しばらく仕事をせず家にいたが両親の離婚をきっかけにアルバイトを転々とし、いまは派遣だそうだ。
「派遣の理由? オーディションもあるから自由な仕事にしてる」
オーディションとは一般公募のことを言っているのだろう。学生の身である彼に事務所の所属声優や製作会社、音響制作会社と旧知の声優を対象としたプロ前提のオーディションの声などかかるはずがない。
女性担当者が話に割って入った。
「(学校が)アニメに協力してますから、スクールの優秀な生徒には現場に行けたりもするんです。役がつく場合もあります」