こういう人は仕事柄知っているので驚かない。それは小説家じゃない、という当たり前の指摘も野暮だし無駄だ。石井さんに限らず、小説家、とくにライトノベル作家だと自称する人は多い。彼らのほとんどは職業として小説を書いているとはいいがたく、作家になりたい(want to be、ワナビ)人たちだ。趣味ならご自由にだが、名乗るのはどうか。石井さんはワナビ、声優でもワナビだから2つのジャンルのダブルワナビ、おまけにアラフォーだ。
「あと、声優の彼女とか欲しいな」
石井さんはぽつりと言って恥ずかしそうにうつむいた。見た目はベテランなのに無邪気な発言を繰り返す石井さん、仕方ないので話を合わせると、今度は人気アイドル声優の名前を機関銃のようにまくしたてた。それに逐一うなずきながら微笑みをたたえる女性担当者、その後、「うまくまとめてください~」と物腰柔らかく満面の笑顔、まさにプロだ。
私のこの体験は数年前の話である。だから当時聞けなかった彼の人となりの一部には憶測も含まれてしまっているだろうが、自分の好きなことにこだわりが強すぎるあまり、実家の経済力に頼る中高年とは何人も出会ってきたし、取材もしてきた。彼らの様子は極めて類型的なので、石井さんについてもそれほど外れてはいないだろう。
団塊ジュニア、ポスト団塊ジュニアは、仕事や働くということに対して、単に給料を得るということ以上の夢を抱く最初の世代だったかもしれない。好景気ですんなり就職したら、それは子供時代の淡い憧れだったと思い出に変換できたかもしれない。しかし、社会に出るときに就職氷河期が重なり、仕事に就くチャンスを逃し続けた結果、どうせ働くなら好きを仕事にというこだわりだけを残したまま中年になってしまった人が少なからずいる。石井さんは、そんな夢からさめないまま中年になった一人なのだろう。