第1話「闇を覗く」ではまず、日曜の白昼、新宿で男女12名を無差別に襲い、4人の命を奪った、〈白松京介〉の鑑定を影山が担当。逮捕後も支離滅裂な言動を繰り返し、簡易鑑定の結果、〈重度の統合失調症による妄想状態〉と診断が下った白松の〈本鑑定〉が自分に託された理由を、彼自身はこう分析する。
〈検察にとって最も避けたいのは、起訴したにもかかわらず無罪判決が出て、世間から大きな批判を浴びることだ。そのリスクが大きいケースでは不起訴処分で済ませ、お茶を濁したい〉〈ただ、担当検察官が熱い男でね、どうにか起訴に持ち込みたいと息巻いている〉〈だから、私に鑑定依頼が来た〉〈私の鑑定が誰よりも正確だからだ〉
が、そもそも数字で測れないのが心であり、影山はなぜそこまで自信が持てるのか――。本書は凜が彼の覚悟に触れ、鑑定医を志す契機となった9年前のある事件にも彼女なりの決着をつける、成長小説でもある。
「9年前に親友を殺した犯人を鑑定の結果不起訴にされた凜が、その時の犯人〈桜庭瑠香子〉と対峙する最終話は、自分でもなかなかよく書けたクライマックスだと思います。実際の鑑定医に聞くと、犯罪者に明らかに精神疾患が見られるケースもあれば、〈詐病〉が疑われるケースも結構あるらしい。同じ病名でも症状は人それぞれだったりしますし、いろんなパターンを全5話の中にちりばめていきました。そうして様々な角度から光を当てた方が、謎解き的にも深みが出ますから」
◆感情と理性では答えは違ってくる
犯行後、なぜか中継カメラの前で実家の住所まで言ってのけた白松や、産後うつに悩み、生後間もない我が子を抱いてベランダから身を投げた母親。〈ぶっ殺してやる!〉と言いながら刺してきた弟には殺意があったはずだと、なんとしても弟を起訴に持ち込みたいエリートの姉〈沢井涼香〉など、人の心は表面から窺い知れないだけに事態は二転三転。そんな中、性的虐待を繰り返す実父を16歳の時に殺し、9年前には凜の親友を殺して〈解離性同一性障害〉すなわち多重人格と診断された瑠香子が今度は同僚を殺害。凜はその憎き相手の鑑定にも助手として立ち会うことになるのだ。