玉井:さすがだなあ。スーさんの話に説得力を感じるのは、その根拠を経験が裏打ちしているからだと僕は感じます。そうした個人の経験こそが、世界を動かす力になっていくのではないか、という気持ちがあって、作品の中でも日野の経験を最終的には重視しました。
スー:ただ、経験の言葉が本当に経験と思考を経た上のものなのかに、注意を払う必要がありますね。嘘か本当か分からない経験を技術的に説得力に変える人もいますから。つまらない話を面白く話せる芸人さんのように、話芸だけで押し切られる社会になりかねない(笑)。
玉井:そうですね。喋りが長けている人の意見ばかりで進んでしまう危険は確かにあります。ただ、それでも僕はその人の本当の経験には、嘘がつけない何かがあると思っています。嘘の経験は最終的には説得力を持たないはずだ、と。そこに賭けてみたかった。
スー:分かります。トロッコ問題のような問いには、本当は「答えないこと」がいちばん賢い選択なのでしょう。だって、どんな答えを選んでも絶対に嫌な思いをするのが目に見えているから。だけど、なぜその人がその選択をしたのか、とみんなで議論することは楽しい。私は仲のいい女友達と議論というかおしゃべりしながら、「ユリイカ!」とぱっと視界が開ける瞬間が本当に好き。それがいちばんコスパのいい時間の使い方だと思うんです。
【PROFILE】
●じぇーん・すー/1973年東京生まれの日本人。TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』のメインパーソナリティ-。著書に『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』、中野信子氏との共著に『女に生まれてモヤってる!』など。『これでもいいのだ』が新著として発売中。https://www.chuko.co.jp/special/janesu/
●たまい・ゆきお/1970年兵庫県生まれ。漫画家。主な作品に『OMEGA TRIBE』『かもめ☆チャンス』『ケダマメ』『IWAMAL/岩丸動物診療譚』『じこまん』『ばっどまん』『本阿弥ストラット』『怨ノ介 Fの佩刀人』など。現在『エチカの時間』コミックス1、2集(トロッコ問題編収録)が発売中。