「そうなんです、ただでさえいない人がさらにいない。コロナが怖いのと自粛でしばらく休むって人ばかりです」
訪問介護は、パートや派遣で主婦の空いた時間を他人様の家事労働に割り当てるような配分で働いている人が多い。生きるか死ぬかのコロナの中、わざわざ安い時給であちこち飛び回りたくはないだろう。
「私の施設の話に戻しますけど、うちもそんな感じでまったく回ってません。派遣の私は日常介護に走り回るだけですけど、常勤の方々は悲惨です。若い独身者の中にはゴールデンウィーク前からずっと連勤の人もいますね」
介護施設の仕事は多岐にわたる。家族との折衝や医療、保険関係の雑務、事務、社会福祉士やソーシャルワーカーになれば現場は免除されて事務方に専念できる、なんてことは老人介護施設に限ればほとんどない。介護福祉士と同じ現場仕事をこなしながら、事務仕事が増えるだけの話である。
「コロナ対策はその辺の飲食店と変わりないんじゃないかな……病院みたいに防護服ってわけないですし、マスクに手袋、アルコール消毒、検温、普段と変わりないですね。職員だって日常生活はあるわけで、コロナがいつ持ち込まれてもおかしくないですね」
その辺はインフラや生活必需品を扱うエッセンシャルワーカーたちと同じだが、ひとつ違う点がある、白石さんが扱うのは大量の老人だ。年齢的にも基礎疾患が心配される。
「コロナでなくともインフルエンザや肺炎、敗血症に罹ると簡単に命を落とします。高齢者だからしょうがない、寿命だろと外野は言いますけど、職員はどんな高齢者であろうとひとつの命をあずかる立場なわけで、そんなことは言ってられません。ましてやコロナで施設内が集団感染なんてことになったらしばらく閉鎖です。行き場のない高齢者もいます」
コロナが発生した施設の老人ともなれば陰性であってもあずかる病院は限られる。かといってホテル暮らしできるような五体満足でもない、そんな老人が介護施設にはあふれている。コロナという歴史的な疫病は、日本人が見て見ぬ振りをしてきたすべてを顕在化する。
「もちろん差別はありますよ、医療関係の方は差別されても応援がありますけど、介護職はあまり聞かないですね。施設のお爺ちゃんお婆ちゃんも私たちも、いつも社会の「のけもの」って気分になります。何も出来ない人や食い詰めた人でもできるってイメージ、すっかり定着しましたもんね」
白石さんもそうだが、介護の人は夜勤や待機が多いからかネットにすごく詳しい人が多く、また敏感な印象だ。介護がどれだけ職業マウントのヒエラルキーの最下層に置かれているか。私はネットの悪意など気にするなと常に言うが、介護については別で気にするのも当然、ネット全般この20年ひどすぎると思う。
「お爺ちゃんお婆ちゃんだって人間ですからね、優しかったり気難しかったり大変ですけど、いろんな人生を歩んできたんです。戦争経験者だってまだいますよ、お国のために、死ぬために訓練してたら終戦だったってお爺ちゃんもいますし、被爆者のお婆ちゃんは原爆生き残ってピンピンしてる私を見れば安心だよなんて言ってくれます」
私の去年死んだ父も長崎の被爆者で、生後半年で爆心地から1.5km圏内(被爆手帳の記載による)の西山地区で被爆した。最終的に全員死んで、父だけ生き延びた。よく生きてたものだと思うが、中学卒業後に東京でペンキ屋を始め、家を建て、結婚して私が生まれた。バブルのころはベンツ560だハーレーFLHTCUだと羽振りのいい時期もあった。あんな地獄から平凡な人生を全う出来たのは高度成長のおかげもあるだろうが、おかげで私は人間の人生を楽観的に見ている。「人間生きてりゃどうとでもなる」は父から教わった。