◆咲子さんがキレた一言
東京に緊急事態宣言が出される前の3月から、哲也さんも在宅ワークになっていた。哲也さんの家は、広々としているものの間取りは1DK。二人ともリビングで仕事をし、オンライン会議のときなどは、寝室に移動するというルールを決めた。この、これまで目にしたことのなかった相手の働きぶりを観察できる環境が、咲子さんの心をざわつかせ始めた。
「私は秘書業務なので仕事が減っていて……、資料をつくったりとか、デスクワークが多かった。そのぶん、家事を頑張っていたんです。対して彼は、いつも忙しそうにしていて、オンライン会議もよくしていたし、電話で部下と話すことも多かったんですよ。コミュニケーションのためと、飲み会もやっていました。そういうのを聞いていると、ちょっとびっくりすることが多くて……」
大手メーカーで管理職の哲也さん。コロナによる混乱で仕事が増えていたようで、夜10時までオンライン会議が終わらない日もあったという。家でも忙しく働く姿は、デキる男を感じさせもしたが、それ以上に、咲子さんの心には不安が広がっていった。
「彼、部下によく怒鳴るんです。『バカヤロー』とか『クソッ!』とか。紳士的で穏やかな人だと思っていたから、驚きました。私の職場にも一人そういうおじさんがいるんですが、周囲にも嫌われているし、ずっと軽蔑していましたから。私、両親に大事に育てられたこともあって、すぐ怒鳴る人って生理的にダメなんですよね」
もちろん咲子さんに怒鳴っているわけではないが、そういう姿を隠そうともしない哲也さんに不信感を抱いたともいう。
「きっと、彼にとっては、仕事で怒鳴ったり怒ったりって、普通のことなんでしょうね。むしろ、自分の権威や力に酔っていたのかもしれない」
もう一つ、咲子さんが気になったことがあった。