河尻氏は、企業をひとりの「人格」があるキャラクターに例える。黙ってしまうと社会に“いない人”と見なされかねず、なんらかの方法で自分の存在をアピールし続けたいというわけだ。ただし同時に、緊急事態のなかで発信するからこそ、その会社の「本気・本音・本質」が問われると指摘する。
「その意味でもっとも成功したと思うのは、サンリオビューロランド。エンタメ施設の広告で、無人のスペースを見せるのは勇気がいることですが、今は休まざるをえないということ、でもそこで働く人たちが再開に向けて頑張っているというポジティブなメッセージが、情緒的ではなく、具体的な取り組みを淡々と見せる映像と控えめな言葉からジワッと伝わってくる。日頃からカスタマーのことを”本気”で考えている会社なのだ、と見る人に思わせる巧みなつくりです。『再開したら来てください』という”本音”も嫌味なく伝わりますし、きめ細やかな気遣いでお客さんを楽しませたり和ませるのは、まさにテーマパーク事業の”本質”です。CMを見ただけで、『愛されている施設なんだろうな』ということがわかる。
ポカリスエットに関しては、コロナ以前からやってきた歌・ダンス企画を、引き続きリモートでやろうというスタンスが素晴らしい。メッセージとしては”Stay 日常”でしょうね。
こういった事態になったからといって、突然無理やり共感メッセージを出されても、メッキは簡単に剥げるものです。今の時代のユーザーは、“本気じゃない”もの、つまりフェイクを見抜きますから。人にかける言葉が見つからなかったり、口をつぐむという選択肢もあるなかで、企業が何かを発信しようとする勇気にはエールを送りたいと思いますが、その会社がこれまで広告で言ってきたことと無関係の慰めやキレイ事を急に発信したところで、見る側は興ざめするだけですよね」
■今社会に一番求められているのは、メッセージではなく「アクション」
一方で、コロナによる自粛下で注目された企業発信は、WEB動画やCMだけではない。今社会に一番求められているのは、メッセージではなく社会的アクション(取り組み)だと、河尻氏は続ける。
「ネット、テレビ問わずCMもひとつの手法ですが、企業のブランド価値を高める方法は近頃多様化しています。今回で言うと、本業のリソースを活用しながら、マスクや消毒液、その他の医療用製品を製造し始めた企業は、日本でも海外でも評価を高めている。ルイ・ヴィトンやシャープなど。もちろん、宣伝としてやっているわけではないのですが、そういった取り組みが、結局“広告”としても効果的に機能する。
大手だけではありません。ITベンチャーや観光産業を中心に、既存の自社事業を生かして社会や業界をサポートするサービスを急遽打ち出した中小企業や個人も多い。ひとつひとつは地味な取り組みかもしれませんが、これらを“withコロナ時代の広告”として捉えると興味深いものがある。
世知辛い話ではありますが、人や企業のあらゆる振る舞いが”コンテンツ化”される今の時代は、『行動=コミュニケーション』になり始めており、スローガンやメッセージだけでは人の心を動かしにくい。今回の緊急事態を受けて試行錯誤している大小様々な企業の取り組みの中に、『ニューノーマル』な企業コミュニケーションのヒントがあると思います」
5月25日、首都圏と北海道で緊急事態宣言が解除されたことで、全国での緊急事態宣言が解除となった。人々がステイホームを経験した後、企業のコミュニケーションはどう変わりゆくのだろうか。