「依存症の治療で大切なのは、自分の意思に頼らないことです。痴漢を繰り返す人は、本人がやめたくてもやめられないことに苦しんでいます。だからたんに“我慢する”という意思に頼る方法ではなく、どういう時に痴漢したくなるかを考えて、その時にどう対処すべきかという具体的な行動のスキルを学習します。これが意思の力だけに頼らず,痴漢をやめるための武器になるのです。痴漢を繰り返した末に痴漢外来にたどり着く人は“どうせ自分には我慢できない”と無力感を抱く人ばかりですが、対処法を身に着けて痴漢行為を避けられるようになれば、本人の自信も回復していきます」(原田教授)
痴漢外来では最初に本人に過去の行動を振り返らせて、性的問題行動にいたる「引き金」を最低でも20個あげてもらう。
「満員電車や女子高生の制服、露出度の高い服、朝やお酒を飲んだ時など、痴漢をしたくなる環境や時間帯などを最低20個あげてもらいます。そのうえで『混雑した電車には乗らない』『女子高生がいるような場所は避ける』など、リスクを避ける行動目標を立てます。通勤でどうしても満員電車に乗らないといけないなら、『始発駅から座って乗る』『電車内では目をつぶって音楽を聴く』などの対処法を患者と一緒に考案します。また盗撮の場合は、患者にスマホのレンズを壊してもらう。こうして物理的に性犯罪をできない状態にすることが性的依存症の治療ではとても有効です」(原田教授)
なぜ痴漢をしてしまうかにも焦点を当てる。痴漢常習者だけでなく、アルコールやギャンブルなど多くの依存症患者に共通するのは、仕事のストレスや対人ストレスを晴らそうという気持ちから、行為に及んでしまうという点だ。
「多くの依存症患者は、日常でたまったストレスを痴漢やお酒、ギャンブルなどで発散します。そのうちに、『今日は会社で嫌なことがあったから痴漢するぞ!』という妙な思考回路ができあがってしまう。爆発寸前になってからストレスに気づいても遅いので、まずは肩凝り、やけ食い、イライラなど、ストレスがたまったサインに気づくようにします。そのうえで、おいしいものを食べたりジムで汗を流したりするなど、健全な方法でストレスを発散できるようにします。日常でリラックスする時間を増やすことも大切ですね。
会社の上司にストレスを感じる場合、上司を変えることはできないので、自分の認知を変えることをめざします。たとえば、苦言や小言は自分がスキルアップするために必要と考え、上司は自分のためを思って言ってくれるのだと患者が考えるようにします。
また性犯罪を繰り返す人は、『女性は痴漢されて本当は喜んでいる』といったゆがんだ認知を持っているケースが多い。そのことが女性の人格を無視して、何の関係もない女性を自己本位な目的のために利用することにつながります。痴漢外来ではこうした認知のゆがみに気づいてもらい、別の認知に置き換える『認知再構成法』も行います」(原田教授)