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2020.06.25 16:00  週刊ポスト

グラビアスターを多数輩出した2人の社長、初対談で戦略語る

堀江しのぶは当時22歳(撮影/山岸伸)

──2000年前後ですね。

森山:その時です。オレの所にぶつけられるタレントがいなかったんですよ。でも対抗して、直後にうちも熊田(曜子)、夏川(純)って出したの。

◆“学園祭の女王”千堂あきほ

野田:いやいや。その時はね、森山さん、ほら、コトの始まりは80年代に千堂あきほが“学園祭の女王”って呼ばれてワイワイワイワイやってた頃ですよ。それで僕は“学園祭の女王”って名前で大々的にうちの子を売り出すことができなかったのよ。もう一人、他の事務所から出た杉本彩もそう呼ばれてたし。

森山:そうそう、杉本彩が元祖だね。それを真似たんだよ。ほとんどオレ、真似だから。だからオレは野田さんの戦略も真似するしかなかったわけだから。ノウハウもないんだもん。

野田:それでいいんだよ。オレは真似されてるっていう気がなくてさ。次に(森山社長は)「どういう手を使ってくるかな」っていうことばかり気になってたから。中條かな子もね。あの子も“学園祭の女王”って呼ばれてた。

森山:中條(かな子)はうちの4人目のタレントなんですよ。当たったんだけど、幸せに結婚しちゃった。

野田:しょうがないじゃん、幸せなら。それに結婚した相手は、広島東洋カープの元監督(緒方孝市)だからね(笑い)。オレんちの子(元タレントの八幡えつこ)もカープのキャッチャー(石原慶幸)と結婚したから(笑い)。当時の正捕手の女房になったんだから、「いいよ」って言ったの。結婚するならピッチャーはダメ、キャッチャーは頭がよくないとできないからさ(笑い)。

森山:中條の時は緒方さんが挨拶に来てくれてね、非常にジェントルマンで頭いいこと言っていたから、「じゃあもうオレの所にいるよりね、結婚したほうが幸せになるから、そうしてください」って言った。結婚式に出席したけど、複雑な気持ちで……でもまあ今、幸せになってるしね。いい子供にも恵まれたしあの時は残念だったけど、今思うと本当によかったなって。

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