夢とはなにかと尋ねると、アメリカに行きたいと言う。ここでもやはりアメリカか。ベトナムに限らず、中国も韓国も、日本の留学生の大半は一部のマニアを除けば「欧米に行けないから」である。金がないから、成績を満たさないから、近場の日本、誰でも留学できる日本を選ぶ。そのシフトリーダーとやらが威張るほど、もう日本は偉くない。グエン君のことを貧しい出稼ぎアジア人と侮るなかれ、優秀で将来あるグエン君からすれば日本は踏み台だ。中国や韓国のエリート留学生となればもっと露骨である。アメリカで成功したい彼らにとって日本留学は残念賞なのが現実だ。
「アメリカ、お金貯めていつか行きます」
グエン君は専門学校で日本語とITビジネスを学んでいる。ベトナム戦争や政治的な反米意識はあるが、若者はみなアメリカに行きたがるという。これは日本を除くアジアの大半、いや日本以外そうだと言ってもいいだろう。ある意味、日本人が留学せずとも国内で成功するチャンスが多く、成功せずとも日本で暮らせることは幸せなのかもしれない。それがいつまで続くかわからないが。アフターコロナを見据えて中国はもちろん、ベトナムや台湾といったコロナを抑え込むのに成功した国々が躍進しようとする中、日本はいまだコロナのただ中で後塵を拝している。
その後、グエン君とは彼が好きなサッカーの話で盛り上がった。ベトナムサッカー界の英雄、レ・コン・ビンの話などしてあげたのに好きな選手はメッシだという。バルサの不甲斐なさを嘆いていた。今どきの若者だ。ちなみにメッシがヴィッセル神戸に来るかもという話をしたら笑われた。めちゃウケた。グエン君が笑ってくれたのは嬉しい。実はグエン君、あまり笑ってくれなかったのはコンビニバイト以外にも心配があるからで、もしかするとベトナムに帰らなければいけなくなるかもしれないというのだ。詳しい話は端折るが、留学生のシステムは複雑で、下手をすると強制送還になりかねない状況だという。グエン君は借金をして日本に来ている。もしビザが更新されなければ借金だけが残るし平均年収20万円(月収ではない!)のベトナム本国で返せる額ではない。留学生ビジネスの闇だが、日本語学校、専門学校、一部の私大には悪質な学校も多い。この点、とくに定員割れのいわゆるFラン大学による留学生ビジネスは私も取材に動いている。
都心ではごく当たり前になったコンビニで働く外国人、その国、その人それぞれに背負うものがあり、この日本であの複雑極まるコンビニサービスに従事している。コンビニバイト、都心では日本人は見向きもしないバイトになってしまった。だが、このコロナ禍で2020年6月の完全失業者数は196万人にも及び前年同月に比べ33万人の増加、5か月連続の増加(総務省、2020年7月31日発表)、そして生活不安から、その都心部でも日本人の応募者が増え始めた。しかしどうだろうか、日本語はたどたどしくとも英語、中国語などが出来て一生懸命働く外国人は多い。仕方なく働く日本人とコンビニでも一生懸命働く外国人、オーナーによっては後者しかいらないという人もいる。そのシフトリーダーの男も、いや私たち日本人も、そう遠くないアフターコロナの新世界において、いずれグエン君のような優秀かつ自信に満ちた外国人の下で働くことになるかもしれない。
●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。近刊『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)寄草。近著『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。