二階堂ふみは瞠目の演技(時事通信フォト)
疲れ切って寝てしまった裕一の脇で、出来上がった『とんがり帽子』の楽譜を見ながら、音は歌を口ずさむ……。それだけで「大きな転換点」がしっかりと描き出されていました。表情やしぐさ、まなざし、佇む姿によって多くのことが語られ、裕一と音の気持ちがヒシヒシと伝わってきました。余白があればあるほど、視聴者はたくさんのことを感じ取る。これまで見たことのない朝ドラの魅力。それは静けさの中の「豊かさ」でした。
窪田さんの演技力も凄いのですが、音を演じる二階堂さんの役作りには本当に唸らされるものがあります。
若い頃の音は躍動感に溢れ、どんどん前に進んでいく積極的な性格でした。しかし、結婚・出産を経てからは、包み込むような温かさが滲み出ていて他を受け止める包容力もぐんと増している。一人の女性の成長ぶりと変化、成熟を説明ではなく表情やふとみせるしぐさや瞳でしっかりと描いています。コロナ禍によって撮影が中断した間も二階堂さんはきっと、内面で音を育て続け磨いてきた、としか思えない。
しかも、「静か」だけではないのが音の面白さ。裕一にメロディの一部がひらめいた時、爆発したように天へ向かって絶叫し、庭の畑をジャンプして飛び越え裕一に抱きつき押し倒しました。弾ける力も生半可ではない。全身で喜びを体現する演技は、生きるエネルギーそのもの。静けさとセットになってメリハリが効いています。
一方で、このドラマの戦争の描き方について「史実と違う」「美談にしている」という批判も目にする昨今。しかし、史実をそのまま再現するのではなくフィクションとして膨らませるのがドラマの役割。要は「何を伝えるのか」ということでしょう。裕一と音、かけがえのない夫婦の姿を見せてくれる今回の朝ドラ。新感染症の影響に苦しむ多くの人々にとって、本当のエールとなっているようです。