そうした秘境駅に着目したJR東海は、10年前に秘境駅号の運行を開始。秘境駅号は、まるで時間が止まっているかのような木造駅舎の小和田(こわだ)駅(静岡県浜松市)、線路下は天竜川の渓谷になっている田本駅(長野県泰阜村)、駅名標に触れると金運が上がるという都市伝説がある金野(きんの)駅(長野県飯田市)などに停車する。単に停車するだけではなく、車外に出る時間的な余裕もあるため、駅前で記念撮影に興じたり、何もない駅前を散策したりして楽しむこともできる。
「飯田線の沿線では、桜と紅葉を楽しむことができます。そうした理由もあって、秘境駅号は春と秋の季節列車として運行しています。飯田線には特急『ワイドビュー伊那路』号を運行していますが、秘境駅号は特急では通過してしまう駅にも停車し、秘境駅の非日常感を楽しんでもらいたいと考えています」(同)
飯田線は豊橋駅~豊川駅間が複線で、そのほかは単線。全体としてほぼ単線区間のため、列車の行き違いなどで駅に停車する時間は長い。本来なら、そうした待ち時間はデメリットでしかないが、秘境駅号はそれらを撮影タイム・散策タイムへと変えている。
また、秘境駅号は単なる季節運行の急行列車というだけではない。駅や車内で秘境駅号ならではのイベントを実施している。
それらのイベントは乗務員や駅係員などの運行に携わる現場が企画を出し、運行ダイヤなどを調整。地元自治体と連携したイベントを実施することもある。そのため、イベント内容は常に変わる。都会では味わえない大自然や車窓、手づくり感のあるイベントを楽しみにしている旅行者も多く、それが「鉄道旅が好き」というライトな鉄道ファンを惹きつける要因にもなっている。今年は、「飛び出す乗車証明書」や「10周年記念原寸大ヘッドマークタオル」が乗車記念特典としてつけられた。
「今年、秘境駅号が運行10周年を迎えます。記念の年ということで、それまで秘境駅号が停車しなかった伊那田島(いなたじま)駅にも停車するようにダイヤを工夫しました。伊那田島駅は今年で開業100周年を迎え、ホームから中央アルプスを望める駅です」(同)
秘境駅号の名前の通り、飯田線は多くの区間でwifiが入らない。それどころか、携帯電話の通話さえ覚束ない。そんな不便な状況もユーモアセンスによって自虐的な車内アナウンスへと変換され、好評を博している。乗客は、そんな非日常体験を喜ぶ。