かつての西山さんは、結婚と子育ては、仕事を犠牲にして行わなければならないという前提を受け入れて疑いもしなかった。仕事をとれば、結婚も子育てもする時間はない。もし責任ある立場に就いたら、女性であっても男性同様、家庭を顧みず仕事に没頭すべき、と考えていたからである。西山さんいわく、あの時「仕事を捨てた」ことで、二度と社会に復帰できないのだと感じさせられた。それでも、何らかの形で「仕事」をしたい思いはくすぶり続けた。

「なんとか手に職をつけたいと思い、パートで貯めたお金を使い、ネイルの学校へ通い資格を取って、お店をオープンさせたのが4年前。収入は多くはありませんでしたが、仕事ができていること、自分が社会の一員になれているということが、本当に嬉しかった」(西山さん)

 子育てに追われ、パートにも励んでいた当時、自分が社会の一部とは思えなかった。任されるのは単純作業ばかりで、いくらでも「そんな仕事、だれがやっても変わらない」と上司に詰られる屈辱も味わった。それゆえ、とりわけ「全てを自分で」できる仕事、直接客と向き合う仕事をすることに、望外の喜びを見出したのである。ところが、コロナ禍の発生で、4月以降の客足はパタリと止んだ。

「固定のお客様もだいぶ増えていましたが、みなさん、外出の機会がなくネイルの必要がなくなったのでしょう。なんとか続けたいと夫に相談したところ、ネイルなんかあっても無くてもいいものだから、と言われてしまい、心が折れました」(西山さん)

 ネイルサロンやまつげサロンは近年急速に店舗数が増え、競争も激化していた。そんな背景が影響したのか、コロナ禍に陥ると、倒産件数も過去最多を記録したと帝国データバンクが報じている。西山さんのようにサロンを廃業する例が続出しているのだ。

「夫の仕事は順調で、私の仕事がなくなったところで、食うにも困る、という訳ではありません。夫は『気にするな』と言ってくれますが、そう言われることがショックで。結局私は何もできないのだ、そう思うと目の前が真っ暗になりました」(西山さん)

 自分にとっては「仕事」だったが、夫にしてみれば、生活費の足し、補助にも満たない妻の「趣味」だったのではないか。実際に西山さんのネイルサロンでの収益は月に10万円ちょっと、仕事をしていた気になっていたのは自分だけだったのではと疑ったという。

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