よどみなく答える夫は典型的なDV夫
カウンセリングにやって来た夫・慎介は、素敵な旦那さんねと言われそうな外見、トレーニングをしているであろう頑強な身体、そして明るい笑顔。想像していた通りです。私は慎介が問題意識を持っているかを探るために質問しました。
「裕子さんはなぜカウンセリングに来たと思いますか?」
「離婚を考えたことが何回かあるようなので、夫婦間のことで来ているのだろうと思います。だから私も呼ばれたんだろうと」
笑顔を浮かべながら慎介は答えました。
「夫婦仲がうまく行っていない、とご主人は感じていますか?」
「うまく行っていないことはないと思います。ただ、妻が家事をちゃんとやらない時や、子育ての仕方が間違っている時に私は注意するのですが、それを極端に嫌がっているのは知っています。それで1回実家に帰ったこともあって。もちろん、私が迎えに行って、戻ってきましたが」
慎介はよどみなく答えました。そこで暴力について尋ねてみました。
「怒られる時に、暴力を振るわれる、と裕子さんはおっしゃっています」
すると慎介の眉がぴくりと動きます。
「暴力なんて、そんな。何回かはあったかもしれませんが、あくまで注意しているだけですよ。それも妻のためです。妻は不器用なところがあるので、私が注意しないと家事をきちんとこなせないんです。妻の家事が行き届かないと、子ども達にも影響がありますから」
少しだけ認めるが、あくまで注意であり、それは妻のためと弁明する。これもDV夫がよく口にする主張です。子どもの話が出たので、私はさらに慎介に言いました。
「ご主人が、お子さん達にも暴力を振るっている、ということですが」
子どもに対する暴力についての質問を、私はためらうことがありません。絶対に許されない行為であり、法律で禁じられているからです。
「そんなの、ごくたまにですよ」
慎介はまさか、という表情で笑いながら言いました。
「しつけですよ。特に娘は妻に似てだらしないところがあるので、それを注意することはありますけど。暴力なんて。大げさだなあ」
そう言って慎介は裕子の方を見ました。裕子はずっとうつむいています。平気で嘘をつく。自分のことを正当化する。やはり慎介は典型的なDV夫であり、虐待者だったと言わざるを得ません。
「2020年に児童虐待防止法が改正され、親から子への体罰は禁止されたことはご存じですか?」
私が尋ねると、慎介は、もちろん、と答えます。
「児童相談所の人が来た、とも聞いていますが」
「ああ、夫婦喧嘩の時ですね。妻が説明して誤解を解いたと聞いていますが」
私にも警察や児童相談所の職員に対してと同じ嘘が通用する。慎介はそう確信しているようでした。
「申し訳ないですが、私が裕子さんから聞いている暴力は、注意やしつけの範囲を超えています。特にお子さんに対する暴力は、児童虐待に該当しますので、私にも児童相談所への通報義務があるのは知っておいてください」
そう言ってから私は続けました。
「児童相談所も子どもへの暴力は『児童虐待』と判断します。加えて妻への暴力があれば、お子さんは保護される可能性があります。長期間帰って来ない場合もあります」
あえて私は裕子に言ったのと違うことを慎介に言いました。危機感を持ってもらうためです。それに、どちらも本当のことなのです。児童相談所は、傷やあざがなく暴力が日常的でなければ子どもを叩いただけでは即保護とはしない場合が多いですが、妻への暴力もある、となると保護する可能性は高くなります。加えて、慎介の暴力はエスカレートする可能性があるからです。
子どもが保護されるかも、と聞いて、慎介の表情がこわばりました。
「子どもを連れて行かれるんですか?」
私がうなずくと、慎介は初めて表情を曇らせました。子どもを保護されるのは嫌なようです。だからと言って慎介は子どもに愛情がある、と判断してよいわけではありません。児童虐待もDV同様に依存性が極めて高いのです。悪質な虐待者は子どもに執着します。子どもがいなくなると虐待できなくなるからです。
「裕子さんも、今の生活に限界を感じているからカウンセリングに来たんです。ご主人が変わってくれないなら、本当に離婚を決意する気持ちです。私も、ご主人が裕子さんとお子さんへの暴力をやめないのなら、児童相談所に通報しなければならなくなります。それは裕子さんにも伝えてあります」
慎介が裕子を見ると、裕子はうなずいた。
「約束していただけませんか? 暴力をやめる、と。そして継続的にご夫婦でカウンセリングに来ていただき、ご主人が約束を守れているかを確認させていただきたいんです」
私は、あえて慎介に暴力を認めさせようとはしませんでした。絶対に認めないことがわかっているからです。それよりも、続けたらどうなるかを伝えるだけの方が、効果的だと判断したからです。慎介から笑顔は消えていました。
「通報しないと約束してくれるんですか?」
子どもの保護は避けたいと思っている。それは暴力の抑止力になりそうです。
「暴力をやめてくださるなら通告はしません」
慎介は、ふう、と息を吐きました。
「約束します。それに、もともとごくたまに、でしたから。これからは言葉で注意するようにします」
そしてカウンセリングに継続的に来ることも約束してくれました。