注目はやはり三条の造形だろう。父祖は藤原北家の末裔で、両親が死に、親戚に疎まれる中、交通事故で後天的に読字障害を発症。苦学の末にカリフォルニア大学バークレー校に留学を果たし、選挙ボランティアで頭角を現わした彼は、その劇的な人生と容姿の落差も奏功し、人気急上昇中だ。だが彼には、有能な秘書として存在感を見せ始めた菊井にすら見せない、素顔がありそうだった──。
「特にここ数年顕著な気がしますが、好感度も人気も高かった芸能人や著名人が突然表舞台から消えるようなケースが続いています。理由はさまざまで、ほんのささいなトラブルもあれば、人格を疑うような事例もあります。そんなニュースに接するたびに思うのは、やはり誰も彼も仮面をつけて生きているではないか、ということです。
三条に関してもしかり。彼は、まさに最近話題になっているルッキズム(外見至上主義)の象徴でもあります。ハンサムで知的だけれど、それだけで『いい人』だと信じていいのか。テレビの中の人だけではありません。読者に問いかけたいのは、あなたの知人や友人、あるいは家族でさえも、あなたが思ったとおりの人ですか。仮面を被ってはいませんか、ということです」
読者の心に小さな引っかき傷を残す
執筆に煮詰まると、行きつけの喫茶店で構想を練るという。そこで見聞きした、客同士や客と店員の印象に残ったやりとりなどを密かに“取材”し、キャラクターづくりに役立てることもあるとか。
「世の中、いろいろな人がいるなというのが、正直な感想です(笑い)」
また、散歩もよくする。自然林などを散策中に『このあたりは死体を捨てたら発見が遅れそうだ』などと考えることもあり「作中の遺体発見現場となった森にはモデルとなった場所があって、そこで本当に白骨遺体がみつかる事件がありました」とのことで、リアルな空気感にこだわるという。実は読字障害に関しても個人的な興味はあった。
「僕自身、幼い頃はみんなと一緒に学んだり歌ったりが苦手でした。もしかすると、今でいう学習障害に近かったのかもしれません。あまりに厳格だった父親に萎縮し、積極性を失ったことが影響しているかもしれません。そもそも僕は、作品内にも書きましたが読字障害を一種の〈特性〉だと思っています。その特性を利用してでも世に出ようとするか否か、それは人それぞれの価値観です」