2013年11月、「クールジャパン機構」(海外需要開拓支援機構)の発足式典であいさつする茂木敏充経済産業相(当時、左手前)(時事通信フォト)

2013年11月、「クールジャパン機構」(海外需要開拓支援機構)の発足式典であいさつする茂木敏充経済産業相(当時、左手前)(時事通信フォト)

中抜きというより泥棒。このままなら日本は終わる

 かねてから日本のSFXやVFX、3DCGなどの映像技術者は海外の仕事前提で取り組むクリエイターが多く評価も高い。いよいよ日本のアニメーターもそうなりつつある。いや日本の技術者、クリエイターすべてがそうなりつつある。

「日本のアニメやゲームは素晴らしい、ぜひ中国も作れるようになりたい」

 いまから約20年前、筆者が中小出版社で編集長をしていた2000年代前半、中国でアニメやゲームを作りたい、日本のいわゆる美少女ゲームを作りたいから力を貸してくれという中国企業の売り込みがあった。どうせ欲しがってるのはジブリやガンダムのようなメジャー作品だろうと思い、まだ幼さの残る青年に「紹介するから大手出版社に行ったらどうか、うちみたいなマイナー誌に来ることもない」と言ったら、流暢な日本語で「日本のマイナーアニメや美少女ゲームこそ世界は欲しがる」と力説された。

 結局、彼の言うことは本当になった。彼の指す「世界」というのは日本人の考える世界、欧米のことではなく世界最大の人口規模を持つアジアのことだった。日本で「オタクキモい」とバカにされていたジャンルすら世界に通じる「産業」になることを彼はわかっていた。経済産業省クールジャパン機構の「欧米に売り込む!」「ハリウッドに日本を!」なんて欧米信仰の昭和脳では敵うはずもない。中国企業のオンラインゲーム『原神』も『アズールレーン』も彼のような中国のネクストジェネレーションが生み出した。あれを中国企業が作れるようになった。天安門事件冷めやらぬ30年前に戻って話したら笑われるだろう。

「それだっていまや本音は『日本のマイナーアニメやゲームを作ってる凄いクリエイターが欲しい』ですからね。その日本人を使って中国のジャパニメーションを作る」

 実際に中国が近年手掛けるアニメはジャパニメーションであり、ゲームはジャパニーズゲームである。いわゆる「萌え」「推し」「アキバ」といった日本のオタクカルチャーと日本独特のハイエンドな美麗キャラクターをうまく取り入れている。それどころか模倣から離れて独自性を持ち出した。そうして日本のガラパゴス文化を利用して世界に売っている。ガラパゴス萌え少女の絵柄でちゃんと世界に向けて売れている。ここが一番恐ろしい。

「やっぱり資金力と、その金がきっちり現場に降りてくることが大事なんですよ。日本でそんな産業、アニメに限らずあるんですかね」

 アニメーター氏の話が少し大きくなったがもっともな話。日本の農業、建設、機械、IT、娯楽、派遣と見渡しても中抜きだらけ、5次下請けが普通に存在する異常さである。東日本大震災の除染作業では8次下請け、コロナ禍の持続化給付金では9次下請けまで確認され、アベノマスクに中抜き目的の連中が群がった疑惑は記憶に新しい。仲介にも先の広告代理店のような汚れ役の意味もあるだろうが、ここで問題にしているのは何もしていないのに金をかすめ取る組織や連中のことだ。

「そんなの中抜きというより泥棒ですね。クリエイターや技術者に限らず、現場や働く人に金がいかない。日本中そうでしょう」

 もちろんSNSで誰でも声を上げられるように、それが人々に届くようになった現代、「誰が金を盗んでいるのか」という気づきも起こり始めている。それでも中抜きという名の泥棒行為は一向に収まる気配がない。2021年に入っても厚生労働省肝いりの新型コロナウイルス陽性者との接触を知らせるアプリが再委託の再々委託で金がどこに消えたか問題になった。案の定の不具合だらけ、間違いなく末端の現場に金がいってない。

「個人的な感想ですが、このままなら(中抜きで)日本終わると思います」

 先にも書いたようにアニメーターの賃金が30年間据え置きなら、日本のサラリーマンの平均年収も30年間据え置きである。多くの労働現場の方々は肌身に感じているだろうが、本当にこの国は現場に金が来ない。実際に働く人に金が来ない。構造不況の要因は様々だが「中抜き文化」も、ボディーブローのようにこの国を蝕む原因だ。そうしてデフレ下の安い日本が、いよいよ安い日本人になろうとしている。

 今回はアニメーターやイラストレーターを例に挙げたが、そうしたクリエイターや技能者だけでなく一般労働者、とくに派遣の中抜きも深刻なままの日本、オリンピックすら中抜き合戦。いまのところ中国が「安い日本人」と思っているのはクリエイティブ系が中心だが、いずれサラリーマンすら「日本のサラリーマンは安い」になるかもしれない。

 アフターコロナに遅れをとった日本、世界一勤勉で安い日本人を雇う中国人という未来――クリエイターだけの話ではない。「安い日本人」はすでに身近な危機である。それにしても、本当に金はどこに消えているのか。

【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。かつて1990年代から月刊「コンプティーク」を始め多くのアニメ誌、ゲーム誌や作品制作に携わった経験を持つ。近年は文芸、ノンフィクションを中心に執筆。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。著書『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)他。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。

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