ライフ

【書評】武田砂鉄氏、山田詠美氏エッセイ集の「番長」視点にうっとりする

武田砂鉄氏が山田さんの最新エッセイの魅力を語る

武田砂鉄氏が山田さんの最新エッセイの魅力を綴る

【書評】『吉祥寺ドリーミン てくてく散歩・おずおずコロナ』/山田詠美/小学館/1485円
【評者】武田砂鉄(ライター)

「人間は愚かで、それ故にいとおしいという意見もありますが、愚かさにも許せるものとそうでないものがあるのです」との一文を読んで、そうだそうだそうだそうだと4回ほど連呼した私。昨今、コンプライアンスだとか多様性だとか、確かに大切にしなければいけない言葉を自己保身のために転用する人が増えてきた。失敗を許さない社会ってギスギスしてますよね、みたいなことを、何かを隠蔽したり誰かを傷つけたりしている人や周辺が使い始める。それはダメだろ、と思う。「愚かさにも許せるものとそうでないもの」があるのだ。新聞をめくり、テレビを眺めていると、許せない愚かさが並んでいる。

「言葉尻番長」を自認する作家による週刊誌での連載コラムを、おおよそ雑誌掲載時に読んできたのだが、こうして一冊にまとまると、「番長」の視点のきめ細やかさと大胆さにうっとりする。

「『責任を痛感している』と言い続けて責任を取らないままだった前政権や、『総合的・俯瞰的観点』と連呼しながら、その説明をしようとしない新政権の場当たり的な言葉の扱いにはうんざりです。その内、自分の言葉に復讐されるよ」

 2020年11月に書かれたこちらのコラム、案の定、「前政権」は「前々政権」に、「新政権」は「前政権」になった。「自分の言葉に復讐」された……はずなのに、どうにもその自覚が薄いようで、辞めた後、「キングメーカー」と呼ばれながら上機嫌の人までいる。そう、復讐されても、全てを人のせいにしてしまえる人たちが、言葉をさらに軽んじているのだ。「私はAだと思います!」と言った人に、後になって「あの時、Aだと言ってましたよね?」と聞き返しても、「Aだと言ったのは私ではなく秘書です」だとか、「あたかも私がAだと言ったかのように伝えるのは印象操作ではないでしょうか」と開き直っている。

 番長曰く、「スクラップ&ビルドならぬ、スクラップ&放置」と化してしまったオリンピックは結果的に強行され、毎年、清水寺で発表される今年の漢字、2021年は、日本勢がたくさんの金メダルをとったことを祝して「金」だった。でも、日々、生きていると、「金」の読み方は「日本勢のキン」ではなく「政治とカネ」のほうがしっくりくる。番長は、買収事件で逮捕された河井案里議員が選挙カーから流していた「名前は、かわいいあんりです」との言葉から、その狙いを嗅ぎ取る。なるほど、そういうことだったのか。

 あちこちで連呼される「〜させていただく」という気持ちの悪い表現。以前、「番長」とご一緒した時に気持ち悪さを吐き出し合ったのだが、その後も収集を続けております。最新の事例は、テレビの旅番組で、ある旅館の支配人が、旅館の敷地内にある巨石に対して言った「パワーストーンにさせていただいている」です。次回、「番長」に会う機会のために、まだまだ収集する所存。

【プロフィール】
武田砂鉄/ライター。1982年生まれ。2015年『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。ほかに、『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』『マチズモを削り取れ』など著書多数。責任編集を務めた『TBSラジオ公式読本』が2021年12月に発売。

※女性セブン2022年1月20・27日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(右/読者提供)
【足立区11人死傷】「ドーンという音で3メートル吹き飛んだ」“ブレーキ痕なき事故”の生々しい目撃談、28歳被害女性は「とても、とても親切な人だった」と同居人語る
NEWSポストセブン
愛子さま(写真/共同通信社)
《中国とASEAN諸国との関係に楔を打つ第一歩》愛子さま、初の海外公務「ラオス訪問」に秘められていた外交戦略
週刊ポスト
グラビア界の「きれいなお姉さん」として確固たる地位を固めた斉藤里奈
「グラビアに抵抗あり」でも初挑戦で「現場の熱量に驚愕」 元ミスマガ・斉藤里奈が努力でつかんだ「声のお仕事」
NEWSポストセブン
「アスレジャー」の服装でディズニーワールドを訪れた女性が物議に(時事通信フォト、TikTokより)
《米・ディズニーではトラブルに》公共の場で“タイトなレギンス”を普段使いする女性に賛否…“なぜ局部の形が丸見えな服を着るのか” 米セレブを中心にトレンド化する「アスレジャー」とは
NEWSポストセブン
日本体育大学は2026年正月2日・3日に78年連続78回目の箱根駅伝を走る(写真は2025年正月の復路ゴール。撮影/黒石あみ<小学館>)
箱根駅伝「78年連続」本戦出場を決めた日体大の“黄金期”を支えた名ランナー「大塚正美伝説」〈1〉「ちくしょう」と思った8区の区間記録は15年間破られなかった
週刊ポスト
「高市答弁」に関する大新聞の報じ方に疑問の声が噴出(時事通信フォト)
《消された「認定なら武力行使も」の文字》朝日新聞が高市首相答弁報道を“しれっと修正”疑惑 日中問題の火種になっても訂正記事を出さない姿勢に疑問噴出
週刊ポスト
地元コーヒーイベントで伊東市前市長・田久保真紀氏は何をしていたのか(時事通信フォト)
《シークレットゲストとして登場》伊東市前市長・田久保真紀氏、市長選出馬表明直後に地元コーヒーイベントで「田久保まきオリジナルブレンド」を“手売り”の思惑
週刊ポスト
ラオスへの公式訪問を終えた愛子さま(2025年11月、ラオス。撮影/横田紋子)
《愛子さまがラオスを訪問》熱心なご準備の成果が発揮された、国家主席への“とっさの回答” 自然体で飾らぬ姿は現地の人々の感動を呼んだ 
女性セブン
26日午後、香港の高層集合住宅で火災が発生した(時事通信フォト)
《日本のタワマンは大丈夫か?》香港・高層マンション大規模火災で80人超が死亡、住民からあがっていた「タバコの不始末」懸念する声【日本での発生リスクを専門家が解説】
NEWSポストセブン
山上徹也被告(共同通信社)
「金の無心をする時にのみ連絡」「断ると腕にしがみついて…」山上徹也被告の妹が証言した“母へのリアルな感情”と“家庭への絶望”【安倍元首相銃撃事件・公判】
NEWSポストセブン
被害者の女性と”関係のもつれ”があったのか...
《赤坂ライブハウス殺人未遂》「長男としてのプレッシャーもあったのかも」陸上自衛官・大津陽一郎容疑者の “恵まれた生育環境”、不倫が信じられない「家族仲のよさ」
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 習近平をつけ上がらせた「12人の媚中政治家」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 習近平をつけ上がらせた「12人の媚中政治家」ほか
NEWSポストセブン