さらに、この仕組みを動かし続けるには、末端メンバーは新規客を次から次へと連れてこないと即パンクしてしまう。そのため、X子たちのように、自転車操業的に新たな投資客を見つけるしかないのだ。もちろん、新規のカモを見つければ見つけるほど自身に金が入ってくるのも「マルチ商法」の仕組みだ。その入ってくる金のために友人や知人を巻き込み、それでも足りなければあらゆる手法で人を集める。
筆者は、X子たちが属するグループの元メンバーにも話を聞いた。彼らが投資金を集めるときは必ず手渡し、そしてとあるサイトのアドレスを渡すのだという。そのサイトには、投資した金がいくらになった、という株式チャート的な画面が英語で記されているといい、一見すると本当に株取引でもやっているような錯覚に陥る。ところが、その指定のサイトに一般的なブラウザでアクセスすると、セキュリティソフトが安全でないと警告をしてくるような杜撰なもので、出金をする仕組みすらまともに作られていないと話す。
佐々木さんがX子たちに連れて行かれた一軒家風の「バー」に話を戻そう。もともと、その投資グループが拠点にしていたのは、佐々木さんが連れて行かれた場所の近くにあった、本当にバーとして営業していた店だった。ところが店は、マルチ商法やマルチまがい商法が行われている拠点、との噂が広がり、2021年時点で閉店していたことが判明した。店の代わりの溜まり場になっていたのが、その近くにあった古い民家、というわけだ。
筆者はその一軒家風の「バー」を訪ねたが、人の出入りはあるものの、いくら声かけをしても応じる者はいなかった。また、一軒家はそもそもの所有者が高齢により施設に入居し、賃貸に回している物件であることもわかった。佐々木さんが連れて行かれたときに説明を受けた、リーダー格の男性が一軒家風バーを所有している話は存在しなかった。
コロナ禍が落ち着いたことで街は人で溢れている。ようやく日常を取り戻したと人々が安心する一方、人々がホッと一息つく様子を、舌なめずりをしながら窺っている詐欺師たち。コロナ禍のまっただ中ではSNSを使った勧誘が流行っていたが、対面になればかつて隆盛を誇ったような「デート商法」的詐欺に移行するのも、理に適っているといえよう。また、学校や職場が通常に近い形で再開したこともあり、大学のコンパや会社の飲み会にも、怪しい投資話に誘おうとする人々が出没し始めている。勧誘のための一軒家風「バー」へ連れて行かれた体験をした佐々木さんは言う。
「自分は情強(情報強者)だと思っていましたし、金銭的な被害にも遭っていません。でも、友人が一緒でなかったらどうなっていたかと思うし、完全に誘惑されたら、男として止められなかったかもしれません」(佐々木さん)
巷では、すでに「オミクロン株」の感染拡大が進んでいる。騙す側の人間にとってみれば、新型コロナ第6波の前に、なるべく多くのカモを見つけようと必死にならざるを得ないタイミングでもあるだろう。まさかこんな時期にそんなこと、と気をゆるめてはならない。用心しすぎるに越したことはない。