押収された携帯電話や名簿、銀行の通帳、キャッシュカード。特殊詐欺グループに欠かせない道具「名簿」のノウハウが、いまは各分野に拡散されている(イメージ、時事通信フォト)
早くに伴侶を亡くし、長らく一人暮らしだった母親の家の中には、所狭しと段ボール箱が積み上げられていて、そのほとんどが未開封だった。後日、駆けつけた田上さんが箱の中身を確認すると、未開封のものは全て田上さん自身が母に「もう送らないで」と告げた商品。やはり母は認知症を発症している、そう確信した田上さんは、商品の販売元に電話をし、定期購入を解約したいと申し入れた。
ところが、契約は有効だの一点張りですんなり解約できないばかりか、通じるはずの電話番号はいつかけても「混雑」していて、何分待たされても繋がることの方が少ないほど。その時すでに、母親はこうした商品に月5万円ほどを支払っていた事実もわかったので、無駄に金を払い続けていると母に指摘したものの途端激怒し、家から追い出されたのだという。
「私の勝手でしょ、とすごい勢いで怒り出したので、夫も『認知症に違いない』と疑いませんでした。ほとぼりが冷めるのを待つしかないと思いました」
購入歴から作成された「カモリスト」が空き巣グループへ
心配な出費が続いているが、すぐに生活が立ちゆかなくなるほどではなかった。少し落ち着いたら、解決しやすくなる程度には落ち着いてくれるかもしれないと思ってやり過ごしていた時、田上さんの携帯電話が鳴った。見慣れた実家近くの市外局番からの着信だが、末尾が『0110』で終わる番号。警察署からの電話だ。可愛らしい声の女性警官だったが、話の内容は田上さんを卒倒させるようなものだった。
「実は、この数ヶ月間で実家に何度も空き巣が入っていたというのです。しかも、空き巣ですから母は気がついていなかったのかもしれないとのことでした。それで、母には認知症の気があることを説明して、それもあって気づかなかったかもしれないと言いました。ところが、女性警官はうーんと首を捻っているような声で、何かおかしいなと」(田上さん)
警察は、全く別件で検挙した空き巣グループへの取り調べの中で、田上さん母宅に複数回の空き巣被害があったことを把握していた。そのため警察はまず、母親に電話をし事情を聞いたというが、要領を得ないため、同居はしていないものの自宅の様子を知っている可能性が高い娘の田上さんに電話してきたのだった。そして警察は「お母さんはおそらく認知症ではないと思います」と田上さんに告げたのだった。
警察は母と話していて要領を得なかったが、それは尋ねている意味を理解していないのではなく、明確に何か隠したいことがある目的がはっきりした行動だったので認知症ではないと受け取っていると言われた。しかし、連続空き巣の捜査協力をお願いしたいので、様子が分かりそうな親族である娘にコンタクトをとったのだという。通販の利用方法をめぐって母と少し揉めたと田上さんが伝えると、空き巣グループに狙われたのは、その怪しげな通販をさかんに利用していたため、彼らが利用するリスト、いわゆる「カモリスト」に名前が載ってしまったことが遠因かもしれないと説明されたのだった。
「母は、最初に買った美容液やクリームをわたしたちに拒否された後も、別の商品を自分で探して購入し送りつけてきているだけだと思っていました。ですが現実には、毎日のように届くその手の商品のメールを読んでは、これはお買い得でよい商品だと思って購入してしまっていたのです。購入履歴や頻度から、業者が母の情報をお得意様、いや『カモ』だと判断して、営業メールをどかどか送ってきていたんです」(田上さん)
田上さんは、かつての自分の行いをひどく後悔した。「何かあった時のために」と思い、母にスマホを持たせて気軽にどんどん使ってとすすめたのは自分自身だったのだ。母は孫娘のためを思い、スマホを使って様々な商品を購入……というより買わされていた。そのきっかけを作ってしまった自分に原因があると思い、自己嫌悪に陥った。
「母のスマホを改めて確認すると、メールだけでなくLINEなどにも、いろんな業者からのメッセージが山のように届いていました。母の無知は悪いことではない。業者が悪いのだけれど、それに気が付かず、母を責めた私が一番悪かったんです」(田上さん)
自分を責めていたのは田上さんだけではない。購入にあたっての説明が分かりにくいし変だなと思ったのに、業者に言いくるめられて買ってしまった母も同様だったようだ。以前、一度はそのことで叱られたのに、同じことを繰り返したなんて情けない、そんな恥ずかしさから、母親も本当のことを言い出せずにいたというのだ。何かの失敗で叱られた経験から、以後、似たような失敗は知られたくないと考えるのは大人でもあることだ。