気づいたら自分には何も残っていなかった(イメージ)

気づいたら自分には何も残っていなかった(イメージ)

 金も時間も、そしてキャリアまでかなぐり捨て、何年も組織のマルチ勧誘活動に勤しんでいたら、手元に残ったのは借金と、何一つキャリアと呼べる実績がない己のみ。他に行くところもなければ、いまさら再就職もできないと思い、全ての恥を捨て、ルームシェアを続けた。

「気まずい思いは、慣れればどうってことなかったんですけど……。新規の若いメンバーがどんどんやってきて、皆生き生きしてるんです。そこへ師匠やリーダーが夜な夜なやってきては若いメンバーを口説いたり、男女の関係になったりするのを、布団をかぶり、声を押し殺して聞いている。そんな生活が何年も続き、最後は黙ってシェアハウスを出ました」(下田さん)

 無断でシェアハウスを出た下田さんの元に、仲間や師匠からの連絡は、いまに至るまで一度もないともいう。

「わかってはいましたけどね、結局私は使えないカモの一人だったんですね。他のメンバーが勧誘に行っている間、シェアハウスに残った同じような境遇のメンバーと身の上話をしたりしましたが、本当にここしか居場所がなかった。かといって、他に住まいや仕事を探す気力も実力もない。惰性でダラダラあそこで過ごして、本当にここで死ぬんじゃないかと話して互いに押し黙ったことを、今も思い出します」(下田さん)

 強引に集められた労働者が炭鉱や鉱山、土木工事などで働かされ、労務だけでなく生活全般を管理される奴隷的な仕事の仕組みことを、彼らが住まわされる窮屈な住宅をふくめて「タコ部屋」と呼ぶ。仕事も私生活もコントロールされていた下田さんが加わっていた共同生活は、逃亡に対して厳しい私刑をくださないだけで、現代のタコ部屋そのものだった。

 自身が騙されていることに気がついても、すでにどうしようもない状況にあったことを悟っていた下田さんと、同世代の仲間。ではなぜ、下田さんは組織から抜け出すことができたのか。

「最終的には、借金が払えなくなって、所属する派遣会社や家族に連絡がいって、説得されたり、制度を教えてもらったりして債務整理できたからですね。この組織に属していれば、人を騙しさえすれば、騙し続けてさえいれば裕福になれるという希望は確かに抱けるから、借金を背負っても、現実逃避しながら活動を続けるという人は少なくないです。それは、ほとんどのメンバーが借金を背負ったり、表では明るく振る舞いながらも、実はかなり追い込まれているから。一度始めてしまったが最後、疑いを一切持たずに、上の言う通りにやるしかない。」(下田さん)

 現在も、組織のメンバーとして活動する若者たちは数千人はいるとされている。現在は実家に帰り、職業訓練を受けるなどして再起を図る下田さんは、こうした未来ある若者たちに「自分のようになってほしくない」と熱弁するが、果たして彼らにこの声は届くのか。

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