この裁判は一審だけで、審理は公開されなかった。つまり国民はなにも知らされず、桂内閣の意を受けた検察官が無実の人間を大量に極刑に追いやったという、まさにやりたい放題のとんでもない事件であったのだ。言葉を換えて言えば、桂内閣いや首相桂太郎は権力側がもっとも冤罪をでっち上げやすい大逆罪を巧みに利用して社会主義勢力の大弾圧を図ったということだ。これが、異例の出世を遂げ公爵にまでなった「ニコポン」桂太郎のもう一つの顔である。

 昭和になって、朱子学導入以来の「天皇の絶対化」の歴史を著書『現人神の創作者たち』で鋭く追究した評論家にして在野の歴史家山本七平は、大石誠之助の縁戚であった。しかも両親とも大石と同じ和歌山県新宮市の出身で、幸徳秋水ときわめて親しかった内村鑑三の直弟子のキリスト教徒であった。山本は『現人神の創作者たち』を書いた理由を、同書の「あとがき」で「私が三代目のキリスト教徒として、戦前・戦後と、もの心がついて以来、内心においても、また外面的にも、常に『現人神』を意識し、これと対決せざるを得なかったという単純な事実に基づく」と述べている。

レーニンより早かった帝国主義分析

 では、桂はなぜそこまでして社会主義者を弾圧しようとしたのか?

 一言で言えば、それは日露戦争に勝つためであり、勝って欧米列強の仲間入りをするためであった。帝国主義への参入と言ってもいい。いまでは忘れられていると言ってもいいが、その路線にもっとも徹底的にしかも論理的に反対したのが幸徳秋水であった。

 秋水は究極のアナキストつまりアナーキズムの信奉者である。アナーキズムとは、「《「アナキズム」とも》一切の政治的、社会的権力を否定して、個人の完全な自由と独立を望む考え方。プルードンやバクーニンなどがその代表的な思想家。無政府主義。アナ」(『デジタル大辞泉』)である。

 では、ピエール・ジョセフ・プルードンとは何者かと言えば、「[1809~1865]フランスの社会主義者。民主的な経済制度や相互連帯に基づく自由で平等な社会の実現を主張。経済的自由主義・共産主義・国家を否定した。著『財産とは何か』『貧困の哲学』など」(前掲同書)であり、ミカエル・アレクサンドロビッチ・バクーニンは、「[1814~1876]ロシアの革命家。無政府主義者。1840年代、ヨーロッパ各地の革命に参加したが捕らえられ、シベリアに流刑。1861年、脱走して日本・アメリカを経て、ロンドンに亡命。第一インターナショナルに参加したが、マルクスと対立して除名された。著『国家制度とアナーキー』『神と国家』など」(前掲同書)である。

 注意すべきは、バクーニンはカール・マルクスと対立しているということである。これは当然で、共産主義も労働者の政府という国家は否定しない。だからこそプルードンも共産主義に反対だったのである。『無政府共産』という著作もあるがゆえに、日本人のなかには混同している向きもあるが、かつてのソビエト連邦あるいは現在の中華人民共和国のように「プロレタリア独裁」を基本原理に政府の存立を認めるという点で、両者はまったく違うものなのである。

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