私は手帳に「小沢は腹を決めた。予算後一気に動き出す」と記した。

 その二日後の深夜、私は小沢の最側近だった中西啓介を麹町のマンションに訪ねた。一つ年上だが、小沢の「弟分」を自任する中西は私の重要な取材先でもあった。中西は計画の一端を私に明かした。

「後三週間、水面下で野党工作をし、会期末に勝負する。宮澤(喜一・首相)がどこまで梶山を抑えられるかだが、恐らく無理やろう。そうなると離党・新党やな」

 事態は私の予想を超えて加速しているようだ。「次はどんな花火だ?」私は少し不安になっていた。

 しかし、爆発したのは花火どころか、永田町を粉砕するようなメガトン級の爆弾だった。

逮捕

 金丸の事務所は国会裏手の高級マンション「パレロワイヤル永田町」の六階にあった。九三年度予算案が衆議院を通過した三月六日昼過ぎ、東京地検特捜部からの呼び出しに金丸はパレロワイヤルからすぐ近くのキャピトル東急ホテルに向かった。「確認したいことがある」という特捜検事の呼び出しに、「ちょっと行ってくる」と言い残してホテルに向かったが、そのまま身柄を東京地検に移され、夕方には四億円の脱税容疑で逮捕された。

 前年、五億円もの違法献金を受け取った金丸を取り調べもせずに略式命令、つまり罰金刑で処理したことで、東京地検は批判の嵐にさらされていた。その汚名を雪(そそ)ぐため国税局の力も借りて執念の捜査を続けてきた。そして予算の衆院通過という政界もマスコミも一瞬気が緩むタイミングで特捜は不意打ちをかけたのだ。

 政界に与えるインパクトは尋常ではなかった。永田町の住人の誰もが真っ先に考えたのは、「これで小沢の戦いは終わる。小沢は終わる」ということだった。金丸に見いだされ、竹下の尻を叩き続け、権力の階段を一足飛びに頂上近くまで駆け上がってきた小沢だ。その権力の源泉ともいうべき金丸の逮捕は、小沢自身の政治生命にも深刻な打撃を与えることになる。私も、一報に接した瞬間は、そう確信した。

 ところが──。

 永田町でたった一人、まったく逆の発想をした政治家がいた。

「面白いじゃないか。これで渡ってきた橋を焼き落とすしかなくなった。生きるか死ぬか、これからが本当の権力闘争だ」

 金丸逮捕の翌日、密かに接触した私に小沢はそう言ってのけた。

(第2回につづく)

【プロフィール】
城本勝(しろもと・まさる)/ジャーナリスト。1957年熊本県生まれ。一橋大学卒業後、1982年にNHK入局。福岡局を経て東京転勤後は、報道局政治部記者として経世会、民主党などを担当した。2004年から政治担当の解説委員となり、『日曜討論』などの番組に出演。2018年退局後は、2021年6月まで日本国際放送代表取締役社長を務めた。

※週刊ポスト2022年5月6・13日号

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