食べることがそれほど好きではない、面倒くさい、そう大っぴらに言えない感じが、世の中にはたしかにある。人と食事するとき、タイミングよく「おいしい」と言わなくてはならないわずらわしさなど、これまであまり言葉にされることがなかった、「食べること」についての、人それぞれ異なる感覚がすくいとられ、いろいろな角度から描かれているのも興味深い。
読者からも、自分はそれほどご飯が好きではないのに、好きなふりをしていてしんどかったことに気づいた、という感想が届くそうだ。
「もともと自分が、ご飯が大好きなほうではないんです。外食が好きなんですけど、それも、おいしいものが食べたいからというより、つくるのが面倒くさいから外食する派、なんですね。
ひとりで食べるご飯がいちばんおいしいと作者は思っていまして、職場の人と食べに行くとあんまり食べ物の味がしないなと前々から感じていました(笑い)。今回は自分のそういう気持ちが出せたのかな、と思います」
これしかない感じの寓意的なタイトルは、ぜんぶ書き終えてから考えたという。
「タイトルをつけるのがあまり得意ではなくて。『お菓子がおいしい』とか『胃の中がからっぽ』とか、とにかく50個ぐらい考えて、全部を眺めて、これかな、と思って決めました」
デビューして3年。フルタイムの事務職として働いていて、最近、昇進もしたそう。平日の夜、帰宅してから寝るまでの1、2時間と休日を執筆にあてている。
「とにかく小説が好きで、デビュー前も、時間があれば、ずっと読んだり、書いたりしていたので、あんまり大変という感じはしないです。もちろんいまのほうが責任感は出たと思いますけど、それほど違いはないです」
【プロフィール】
高瀬隼子(たかせ・じゅんこ)/1988年愛媛県生まれ。立命館大学文学部卒業。2019年「犬のかたちをしているもの」ですばる文学賞を受賞しデビュー。ほかの著書に『水たまりで息をする』がある。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2022年6月2日号