「そんな時に何気なく見ていたテレビ画面から目に飛び込んできたのがマドンナのコンサートツアー『ブロンド・アンビション・ツアー』でジャン・ポール・ゴルチエがデザインしたコーンブラのコルセット姿でした。さすがマドンナ、セクシー路線で今度は攻めたのね……と見ていた中で、私も閃いたんです。“次は下着だ!”と」(恵子さん)
今度は「下着」で成功
下着は誰もが毎日着用するものだが、当時の日本では可愛いデザインのものが主流だった。「これからは日本女性も胸を盛る時代ではないか?」と目をつけたという。
「下着業界は4000億円以上のマーケットであるにもかかわらず、日本では大手2社がシェアを占めていました。アメリカでは当時、胸を寄せて上げるワンダーブラという人気商品があったので、これを日本に持ち込みたいと考えました。当時は下着はデパートで売るのが主流で下着屋さんなどはなく、これからはカタログではないかと目をつけた。ワンダーブラの日本での販売を大成功させ1992年から発売して4~5年はすごく売れていたと思います」(恵子さん)
毛皮と下着の日本での輸入販売を大成功に収め、小野恵子(ロッキー氏と結婚前の旧姓)の名はNYのビジネス界で名を馳せるようになり、NY市やスペイン政府などと地場産業や観光産業の仕事にも関わるようになる。ロッキー氏がアメリカで日本食ブームを巻き起こしたように、恵子氏は日本女性で初めてNYでのビジネスに成功した女性だったのだ。
現在の恵子さんは「介護」にも注力
そんな恵子氏はいま、どうしているのか――。Benihana のCEOを退任した後、NYで隠居生活でもしているのかと思ったら大間違い。今はふたつの事業を中心に活動しているという。そのひとつが好きなシェフを自宅に呼ぶことができる「chef OMAKASE」だ。
「コロナ禍に入り外食産業がストップして家で食事する機会が増えたタイミングというのもあったし、なによりシェフの働き方改革を行いたかった。レストラン勤務だと10時間拘束は当たり前ですが、出張シェフの仕事ならライフスタイルに合わせて4時間前後で済むので効率が良くなる。また“chef OMAKASE”は一人前90〜140ドルと気軽に利用できる料金設定。プライベートシェフをウーバーイーツくらい気軽に利用できるサービスにしたいと思っています」(恵子さん)
また、同時に力を入れているのが介護用品の開発。きっかけは昨年亡くなった恵子氏の実母が要介護になったことだった。