この北朝の「南朝を一切認めない」姿勢はその後も続き、後小松天皇は実子の實仁親王に皇位を譲った。ところが、即位した称光天皇は実子を儲けず上皇となった後小松より先に亡くなってしまった。こうなれば後小松も我を折って南朝から後継者を選ぶべきなのだが、なんと後小松は宮家の親王ではあるが「遠い親戚(8親等以上離れた)」の伏見宮彦仁を選んだ、これが後花園天皇で、こんなに親等が離れた後継者が選ばれたのは奈良時代の末に天武系の称徳女帝が子無くして亡くなり、冷や飯を食わされていた天智系の白壁王が即位して光仁天皇になって以来のことだ。

 南朝の怒りは頂点に達した。後亀山が「天皇で無くなった」以後の南朝をとくに「後南朝」と呼ぶが、後南朝は実力行使をもって北朝に報復した。室町時代の一四四三年(嘉吉3)九月に御所を夜襲した一団があった。南朝復興を唱える自称皇族の尊秀王(源尊秀)が首魁で、天皇暗殺には失敗したが三種の神器のうち剣と璽(いわゆる天皇印)を奪うことに成功した。朝廷(北朝)は剣の奪回には成功したが、璽は吉野の山深く持ち去られてしまった。これを禁闕の変と呼ぶ。

 テロにはテロ、と朝廷は考えたのだろう。幕府の承認を得て、六代将軍足利義教を暗殺したことで没落していた元守護大名の赤松残党に、「璽を奪い返して来たら御家再興を認める」と約束した。そこで赤松残党は「家来にしてください」と後南朝に申し入れた。なにしろ「将軍殺し」が言うことである。後南朝では一も二も無く彼らを信用し近づけた。それが後南朝最大の悲劇を呼ぶ。

 南朝の正統な後継者と自任していた自天王と忠義王兄弟は一四五七年(長禄元)、赤松残党に殺害され璽も奪回されてしまったのだ。後南朝はここに滅亡した。これを長禄の変と呼ぶ。

 長々と説明してきたが、これが幸徳の言う「いまの天子は、南朝の天子を暗殺して三種の神器を奪い取った北朝の天子ではないか」ということである。「デタラメと切り捨てられない」ことも理解していただけたと思う。幸徳自身も認めている絶対確かな事実は、「いまの天皇家は北朝の子孫だ」ということだ。ところが、もしお手元に歴史事典などがあるなら、いまの宮内庁が公開している「天皇系図」を見ていただきたい。

「天皇系図」

「天皇系図」

 足利尊氏が擁立した光厳天皇から五人を数える北朝天皇は、北朝五代として歴代天皇からは外されている。そして北朝六代目だったはずの後小松天皇は、まさにかろうじて第一〇〇代天皇として第九十九代の後亀山天皇の「跡を継いだ」形になっている。しかも、後亀山までは後醍醐以下南朝の天皇が正式な天皇とされているのだ。これはいったい、どうしたことか?

 北朝が正統なら先に述べた後小松の考えどおり、「南朝はニセモノ」という立場を厳守しなければならない。だが、実際にはその真逆になっている。もし後小松がこの世に甦ってこの系図を見たら、激怒するだろう。実際、江戸時代までは後小松の主張どおり北朝天皇のほうが歴代に入り、南朝天皇は除外されていたのだ。

 それが幸徳の一言でひっくり返った。なぜ、そんなあり得ない事態が起こったのか?

(第1348回へ続く)

※週刊ポスト2022年7月22日号

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