物語を前にした途端、認識が歪む
本書では夏日が『あさとほ』の周辺で相次ぐ怪異の謎に迫る間、様々な立場で語られる物語論も読み処だ。
〈人間っていうのは、物語の形でしか、世の中を理解できないものなんだね。理解できないものは怖い。だから、理解できるようにする〉
〈意識というもの自体が、実はひとつの物語なのかもしれない。次々と起きている無意識の行為に、ひとつずつ理由をつけて、意味のある形に並べ直す〉
〈物語というのは、枠組みみたいなものなんだ〉
〈自分の中にどういう物語があるかで、自分の行動はおろか、そもそもの動機さえ変わってしまう〉
〈物語にはそれだけの力がある。人の意思をあっさり歪めるくらいの力が〉
あるいは日記文学と物語文学の境の曖昧さに関する、〈要するに当時の人たちは、人間が客観的な事実をありのまま語ることができるなどと、信じてはいなかった〉〈結局はそれくらいのあいまいさで生きているんだよ、人間なんて〉という藤枝の分析にもハッとさせられる。
「例えばニュースでいかに悪人かを報じられた犯人のことが本当に悪人に思えてきたり、物語を前にした途端、認識が歪むことってあると思う。歴史も一種の物語ですよね。考え方の枠組みも、共有する物語も時代によって違うし、もし自分があの時代に生まれていたらとか、違う人生を考えるのが好きなんです。
あと僕は怪談も好きで、調べてみたら人が死んでましたとか、お墓でしたとか、理由を付けて納得したいのはわかる。でも本当に怖いのは、なにかわからないけどいる、みたいなお化けで、僕自身は理由も脈絡もなく、物語性を拒む幽霊や怪異の方が、断然好みです(笑)」
その好きな怪談に関しても客観的に構造を分析する、考察系ホラーを自認する。
「自分が読む時も主人公が単に怖がっているだけだと、もっと調べろよって思うし、その怪異が起きた原因としては何が考えられ、どんな解釈が可能かとか、そこを膨らませたい。おどろおどろしい描写も苦手ですし、そうやって何事も一歩引いたところから分析的に見る体質なんだと思います」
物語を愛し、知り尽くす著者は、その功も罪も両面駆使し、人と物語との関係に再構築を試みる。きっと最後まで読み切った読者は、自分が見ている景色や足元にグラつきを覚えるはず。それこそ〈世界の仕組みそのものがずれてしまったような、おかしな感じ〉に。
【プロフィール】
新名智(にいな・さとし)/1992年生まれ。長野県上伊那郡辰野町出身。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。在学中はワセダミステリ・クラブとドラえもん研究会に所属。「定番を作ってひっくり返すとか、終わっても解決していない問題があるとか、ドラえもんには今でも物語構造上の影響を感じます」。在宅勤務の傍ら長編ホラーに挑戦し、2021年『虚魚』で第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞しデビュー。個人的に怖いのは「お化けより虫」。172cm、67kg、O型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2022年7月22日号