池田勇人氏が生きていたら、このコロナ禍をどう乗り切るか?(写真/共同通信社)

池田勇人氏(写真/共同通信社)

〈ただいま、この壇上に立ちまして、皆様と相対するとき、私は、この議場に一つの空席をはっきりと認めるのであります。私が、心ひそかに、本会議のこの壇上で、その人を相手に政策の論争を行ない、また、来たるべき総選挙には、全国各地の街頭で、その人を相手に政策の論議を行なおうと誓った好敵手の席であります。

 かつて、ここから発せられる一つの声を、私は、社会党の党大会に、また、あるときは大衆の先頭に聞いたのであります。今その人はなく、その声もやみました。私は、だれに向かって論争をいどめばよいのでありましょうか。しかし、心を澄まして耳を傾ければ、私には、そこから一つの叫び声があるように思われてなりません。「わが身に起こったことを他の人に起こさせてはならない」、「暴力は民主政治家にとって共通の敵である」と、この声は叫んでいるのであります〉(1960年10月18日衆院本会議)

 池田首相はそう始まる国会追悼演説で、「演説こそは大衆運動30年の私の唯一の武器」と語って大衆の中で演説を重ね、「演説百姓」と呼ばれた浅沼氏を讃え、政敵として議論を戦わせることができなくなったことを惜しんで弔辞をこう締めくくった。

〈私どもは、この国会において、各党が互いにその政策を披瀝し、国民の批判を仰ぐ覚悟でありました。君もまたその決意であったと存じます。しかるに、暴力による君が不慮の死は、この機会を永久に奪ったのであります。ひとり社会党にとどまらず、国家国民にとって最大の不幸であり、惜しみてもなお余りあるものと言わなければなりません〉

 折しも、浅沼刺殺事件は1960年、安保反対闘争で国論が分裂し、日本社会が騒然としていた世相の中で起きた。現在と似ていなくもない。

 首相に就任したばかりだった池田氏はそれまで「貧乏人は麦を食え」といった発言で高圧的な政治家と見られていたが、この追悼演説をきっかけに国民の見方が徐々に変わり、池田内閣が推進した「所得倍増計画」など高度経済成長の中で国民の分裂、社会の騒乱は次第に沈静化していった。

 岸田首相の弔辞は、「数は力」で意見が違う相手との亀裂を深める政治から、コンセンサスの政治へと転換し、国民に意見の対立を乗り越えることの大切さを呼びかけることが期待されたが、そうでなかったことが残念である。

文/武冨薫(政治ジャーナリスト)

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