たった一つの望みを反故に
胡が、最高指導部入りを強く主張したのが、胡春華・副首相(59)だった。
胡春華は16歳で名門の北京大学に入学した。卒業後、共青団に加入し、1983年に自ら志願してチベット自治区に赴いた。そこで書記を務めていた胡錦濤と出会い、親交を深めていく。二人をよく知る共青団関係者の証言。
「胡春華氏の実直さと実務能力の高さを胡錦濤氏は高く評価して抜擢しました。共青団内では胡春華氏は『小胡』と呼ばれており、早くから後継候補とみなされていました」
40代で「トップ25」と呼ばれる政治局員に仲間入りし、「10年後には最高指導者」という声もあるほどだった。
今回の党大会では、政治局常務委員入りは確実視されていた。ところが、常務委員に選ばれなかっただけでなく、政治局員からも外れ、格下の中央委員に降格させられた。
閉幕式での胡錦濤の異例の抗議は、胡春華の降格に対するものだったのだ。
いや、2期10年にわたり習を支え続けたにもかかわらず、たった一つの望みすら反故にされたことに対する抑えきれない憤りだったのかもしれない。
改革開放を打ち立てた鄧小平に登用された胡錦濤は、鄧路線の継承者で、「平和的発展」や「民間主導による経済発展」を重視してきた。
2期目までの習近平政権は時に政策や意見が異なる胡ら共青団系の意見を受けて、バランスをとりながら政権運営をしてきた。
今回の党大会で、習が指導部から胡錦濤ら共青団系の影響を完全に排除して自らの側近で固めたことは、名実共に「一強体制」を確立したことを意味する。同時にこのことは、習がすべての政策や人事を独断で決められる道を開いたということだ。
習は3期目の「公約」にあたる「政治報告」で台湾問題についてこう強調した。
「台湾の平和的統一に最大の努力を尽くすが、武力の使用を放棄する約束は絶対にしない。祖国の完全統一は必ず実現せねばならず、必ず実現できる」
新たな指導部のメンバーを見渡すと、習が「決断」を下した時に、異を唱える人物を見出すことは難しい。
「習近平独裁体制が完成し、統治体制が完全に変わった」──今回の党大会は、将来の歴史の教科書に刻まれることになるだろう。
(了。前編から読む)
【プロフィール】
峯村健司(みねむら・けんじ)/1974年長野県生まれ。ジャーナリスト。朝日新聞入社、北京・ワシントン特派員を計9年間務める。「LINE個人情報管理問題のスクープ」で2021年度新聞協会賞受賞。中国軍の空母建造計画のスクープで「ボーン・上田記念国際記者賞」(2010年度)受賞。2022年4月に退社後は青山学院大学客員教授、北海道大学公共政策学研究センター上席研究員などに就任、今年10月からキヤノングローバル戦略研究所主任研究員。近著に『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』(幻冬舎新書)。
※週刊ポスト2022年11月11日号